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第31話

心配症な教師に、無理矢理生徒会に入れられて早数週間。放課後、忘れ物をして教室に戻ろうと生徒会室の前を通った時に、保阪の声が聞こえてきた。  ――どうしてアイツなんですか!  真っ先に思ったのは、後輩は相変わらず声がデカいなということだった。次いで、間が悪いな、と。  ――アイツ、学生なのにE地区に出入りしてるんですよ!? 実際に、香水の匂いさせて学校に来てるし!  透は自分のことをとやかく言われることは気にしない。そのまま通り過ぎてもよかったのだが、ドアを少し開けて中の様子を見ることにした。保阪の主張に対して、光希がどんな答えを出すのかが気になったからだ。透の噂を聞いてもものともせず、こちらを見つめ続ける、透のことを好きかもしれない光希が。  光希は、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべていたが、眉は困ったように下がっている。  ――でも、彼がE地区に出入りしているのが事実かは分からないよね。本人に直接訊いたわけじゃないし  いや、事実だよ。今まで透の周囲にいた同世代といえば、噂が立つなり「嘘!?」や「信じられない!」といった言葉を口に出すけれど、声には好奇が滲んでいることもあった。  なのに、彼は諭すようにゆっくりとした声音で――真面目で誠実なのだろう。そういえば、以前まともに話した時も、生徒会の仕事に真面目に取り組みすぎて居眠りしてたっけ。  ――それに、E地区への出入りが事実だったとしても、その理由は分からないままだよね。事実だけじゃ本質を知ったことにはならないよ。  ――……っ! でも! ……それでも、自分には無理です。噂とはいえ、E地区にいる奴と一緒なんて……! 周りの奴だって、口にはしないだけで、そう思っているはずです!  ――そう。  静かな相槌だった。でも決して納得しているわけではない。  ――何も知らないまま、表面だけを判断して「無理」だなんて、言うべきじゃない  いつもの柔らかな声じゃない。淡々として、彼にしては珍しく冷たい声だった。  ――拒絶するのは簡単だろうね。でも、拒絶された方は……  その先は声にならない声だった。遠目で、唇を読み取る。腹が立つ? 違う。文字数が合わない。……悲しい? 母音が違った気がする。しばらく考えて、思い当たる言葉がひとつ。  光希は、「寂しい」と言おうとしたのだ。  ――先輩も……その、あるんですか。拒絶されたこと、とか。  まさか、そんなことはないだろう。高野光希の評判はよく聞く。教師からも生徒からも。皆が皆、口をそろえて彼のことを好きだとか、尊敬しているとか、プラスでしか評価しないのだ。  そんな彼のことだから、誰かから拒絶されるとは考えづらい。だから、昔友達がそういう可哀想な目に遭っていたんだとか、その辺りの話をするのだろうと思っていたのに。  ――……内緒。  目を細めて静かに微笑む。穏やかだけど、それだけじゃない。どこか魅惑的な笑みだった。  あるんだろうな。彼も。誰かに、表面だけで判断されて、拒絶されたことが。  似たような囁きを、透はかつて聞いたことがある。前に何度か寝た女が、同じことを言っていた。魅惑的な微笑も少し似ていると思った。  彼女は何かしら、夜の街特有の秘密を抱えているようだった。そして、その秘密を忘れて現実逃避してしまいたいほど、頭の中は不安でいっぱいだったらしい。その内緒の不安が爆発しそうになる度、透のもとにやってきては抱かれたがった。

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