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第59話
「言えないじゃなくて恥ずかしいって! 何ですかそれ!互いに好きなところがあるって言ってるようなもんいですか! もう完全に両想いじゃないですか! クソ! 畜生!」
真面目な彼が、汚い言葉を吐き捨てるところを、光希は初めて見た。光希に慎司の知らない面があるように、光希にだって知らない慎司の一部はある。そして、もちろん透にも。
慎司はしばらく髪をぐしゃぐしゃにかき回した後、「覚えてろよ」と小悪党のようなことを言い、立ち上がってどたばたと玄関から出ていった。焦って中途半端な靴の履き方をしたのだろう。扉が閉まってから、ずっこける音がした。
「……大丈夫かな」
「大丈夫じゃないだろ」
何しろ、憧れの先輩像を崩してしまったらしいから。
「僕、もう一回ちゃんと話してくる」
急いで追いかけようとすると、腕を掴まれ止められた。
「それ、たぶん逆効果だぞ。今は何言っても言い訳にしか聞こえなくなってるはずだ」
「そういうものなのかな」
何しろ、人と深くかかわりをもったことがないのだから分からない。人を怒らせてしまいました。では謝りましょう。これで仲直りです。幼稚園の頃にそう習ってはいたが、実行できたことはなかった。怒られても委縮するばかりだったからだ。それに、そもそも人付き合いはマニュアル通りに進むものでもないのだろう。経験値の低い光希は、あたふたするばかりだった。
「約束してたからには、連絡先も知ってるんだろ。後で何か送れば」
「なるほど……」
頭を冷やす時間も必要だろうと透は言った。やっぱり、E地区で酸いも甘いも噛みしめてきた人は違う。
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