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第60話

 ぴこぴこと、メッセージを入力する音が響く。実際は、入力してから削除してを繰り返しているので、ぴぴぴこの方が正しいかもしれない。 「さっきは、ごめん……」  違うな。なんか具体性がない。 「さっきの大人の玩具だけど、実は僕ので……」  いきなり本題に入ってどうする。家でひとりでいるとは限らないのだから、うっかり誰かに見られても差し支えないものにしなければ。 「慌ただしくなっちゃってごめん」  よし、出だしはこれだ。  それから、自分と透の株を下げず淡々と状況説明をして、慕われる先輩というのは今さら難しいことかもしれないが、これからも先輩後輩として良い付き合いができたらいいなと思っていることをさりげなくアピールして……誰の株も下げずにあの状況を冷静に説明って、とてつもなくハードルが高いんじゃないだろうか。  そんなこんなで、少し無口になって考え込んで後ろに重みを感じた。 「暇」 「でも、今はメッセージを打ってるところだから……」 「だからって一時間は考えすぎだろ」 「え? そんなに?」 「そーそー、そんなに」  壁にかけてある時計を見る。たしかに、約束の時間から一時間過ぎている。透はその時間より少し前に来たので、もしかしたら一時間以上待たせているのかもしれない。たしかに、既に約束している人が目の前にいるのに、ずっと画面と睨み合っているというのは不誠実だった。 「それは……ごめん……」 「ま、光希は一度決めたらまっすぐだもんな」  背中にのしかかっている重みになれると、やがてそれは温もりに変わった。心臓の音が聞こえそうなくらいに近い。服の下にある素肌の方があたたかいことを知っているくせに、むしろ知っているからか、余計にどぎまぎしてしまう。 「でもさ、そろそろ限界。いい加減かまって?」 「……っ」  甘い声はいつもと同じだった。けれど語尾を上げ、甘えるような態度と声音に、胸の高鳴りは締め付けられるような感覚に変わる。 「じゃ、じゃあ、そろそろE地区に行こうか! メッセージもだいたい書けたと思うし!」  背中にくっついていた透を剥がし、代わりに手を繋ぎ、早く早くと急かした。けれど、透は座ったままで、立ち上がる気配を見せない。 「E地区には、今日は行かない」 「じゃあしないのか?」 「いや、その代わり――」  この時になって、光希はようやく、透が集合場所をE地区の駅ではなく、このアパートに指定した意味を理解した。 「ここでするんだよ。光希の好きなこと」

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