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第74話

「もしもし……」  電話に出ると、どんなに抑えようと思っていても声が震えた。どうか、気づかないでほしい。気づいたとしても、何も言わないでほしい。だから、そっと小さく息を吐き、ばくばくとうるさい心臓を整える。何気ない振りをしながら、「どうしたの?」と訊く。 「なんとなく、声が聞きたくなって」 「なにそれ」  付き合い始めたばかりのカップルのようなやり取りに、思わず気が緩んだ。落ち着いて、もう一度鏡を見る。今度は、いつもの自分の顔だった。何なんだよ。前世の顔と現世の顔を行ったり来たりして。 「元気なさそうだな。あちこち遊びまわったから、疲れさせたか」 「ううん。大丈夫。大丈夫……だけど……」  しばらく、一緒に遊ぶのは難しいかもしれない。  言いたくなくて、でも言わなければならなくて、その一言をゆっくりと告げた。  今は大丈夫。鏡を見つめながら電話をしているけれど、自分の顔に変化はない。いつもの自分。この世界に生まれて、透と出会って好きになった自分のままだ。  さっきのはただの疲れ目で、気のせいだったらいい。心からそう思うのに、心のもっと奥深くでは、そんなにう上手くいくはずがないと気づいている。 「ごめんね。玩具のレビューとか、まだ頼まれてるのに」  一度告げると、今度は逆にするすると言葉が出てくる。 「でも、僕にも大学とかあるし。履修登録とか、けっこう考えなきゃいけないらしくて……」  自分で言って、初めて気づく。大学って、いつからだっけ。卒業して、春休みに入って、引っ越して。それから随分と時間が経っているはずなのに、カレンダーが進んでいる感覚がない。ずっと、透と二人で、春休みのふわふわした気分のままだ。今日が何月何日なのかも、上手く思い出せない。  もしかして、全部夢なのか? 異世界転生なんて、自分の願望が作り出した妄想で、本当の自分は、部屋で一人――死にかけている。もしかしたら、もう死んでしまったのかもしれない。目が覚めたら、棺桶の中で、そのまま火にかけられてしまうとか――考えると、ぞっとした。  これからどうなるのか。考えても、悪夢みたいな想像しか出てこない。  それでも、透の話にはちゃんと相槌を打っていたらしいから不思議だ。透の「わかった」、「忙しくなくなったら教えて」、「もっとたくさん、遊びにいこう」。そんな話を、聞き流すように聞いていた。  もしかしたら、これが彼の声を聞く、最後だったかもしれないのに。

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