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第76話
そう考えたら、眠るのが怖くなった。横になることすら怖い。
目を閉じてしまったら、二度と開かないんじゃないだろうか。眠ったら最期、それは永遠の眠りになってしまうんじゃないだろうか。
ずっと起きていようと思った。そうすると、夜が明ける頃に強烈な眠気に襲われる。抗う内に微睡んでしまい、ありきたりな悪夢にうなされ目を覚ます。そして、今度こそ眠ってなるものかと、必死に目を開けたままでいる。
そんな日々を何度も何度も繰り返した。もうずっと、ろくに眠っていない。眠らなければ、意識を保っていれば、自分が消えるはずはない。なのに、心には不安ばかりが広がっていく。
そんな酷い状態だったから、透へのメッセージには、ろくに返信していない。心配させたくもないから、3回に1回くらい、ごめんの一言を添えて出す。
もちろん、大学の手続きなんて言い訳が何度も続くはずもない。最近は実家に行く用事があるとか、あるいは逆に親がこちらに遊びに来るとか返していたが、そろそろ内容も考えられなくなってきた。
透は進学せずに家業を手伝う道を選んだ。かといって、大学のことなんて分かるわけないんだ、こっちは忙しいんだと切り捨てたくはなかった。それを言ってしまったら、二人の間が完全に隔てられてしまうと思う。彼の選んだ道を盾にすることはしたくない。
やがて言い訳の内容が底をつきて、とうとう何も返せなくなった時、彼からはメッセージではなく電話がかかってきた。いつもなら日を跨がずに来る返信がなかったから、心配させてしまったのかもしれない。
平静を装って会話をする。寝不足のせいか、何度も彼の言葉を訊き返してしまう。光希がずっと言い訳を繰り返していることは、とうに勘づいていたのだろう。その上で、何でもないような振りをして耐えていたんだろう。
責めてもいいのに、透はそうしなかった。ただ、「元気か?」と訊いた。光希は「ちょっと忙しいけど、元気だよ」と答えて電話を切った。
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