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第83話
「なあ、もう風邪は大丈夫か?」
慈しむような優しい声で訊かれ、先ほどの決意が揺らぎそうになる。
「大丈夫……もう、平気、だから……」
「そっか」
それで、しばらくはまた忙しいから、会えないって言うんだ。
しかし、光希よりも先に、透が口を開いた。
「じゃあさ、開けて、部屋に入れてくれないか? ちゃんと、顔を見て言いたいことがあるんだ」
「で、できないっ」
反射のように、拒絶する言葉が口をついて出た。
「なんで」
「ま、まだ風邪が……」
「さっき治ったって言ってただろ」
「じ、実は、まだ治りかけで……」
「じゃあ看病する」
「移るから……」
何度も何度も、提案と言い訳の応酬を繰り返す。早く行ってしまえばいいのに。光希の中には躊躇いがあった。言いたいけど、言いたくない。そのもどかしいとも焦燥ともとれる態度は透にも伝染し、彼も苛立っているように思えた。淡々とした彼には珍しく、語気荒げているのが何よりもの証拠だ。
「看病にしてもそうだよ。お前はさ……何で頼ってくれねぇの。何か辛いことがあって、ボロボロになって玄関先で倒れ込むくらいなら、愚痴でも何でも、俺に言えばいいだろうが!」
大きな声に身体がすくんだ。かつて、上司に怒鳴られてばかりだった頃の自分を思い出す。今まで透は一度も光希をお前なんて言わなかった。荒々しく怒ることもしなかった。そんなところも、好きだと思った。
透を、初めて怖いと思った。けれど、こんな態度を取らざるを得ないくらい、彼を苛つかせてしまったのは他でもない光希だ。
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