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第85話

 数日前に、携帯の充電が切れた。光希は、そこから充電器に差し込むことはせず、部屋の隅に放置している。  電源をつければ、きっと透からのメッセージが何通も入っているのだろう。  見たくなかった。メッセージだけでなく、いわば過去の栄光のような、手をすり抜けていった自分の遺物など、もう見たくなかった。  食料と水は、過去に買いだめしていたものがあったが、やはり手をつける気にはなれなかった。  飲んだり飲まなかったり食べたり食べなかったりで、何をするでもなく、自分は怠惰に生かされているのだと感じた。  これが死にゆく自分の見ている夢ならば、さっさと終わらせてほしい。  でも死ぬのは怖い。矛盾した想いを抱えて、ただ心臓だけが動いている。  透は、本当に毎日のように家にやって来た。彼にもバイトなどの都合があるのだろう。来る時間帯は、朝だったり夕方だったりまちまちだった。それでも、一日も欠かすことなく、光希の部屋の前までやって来た。  透がインターホンを鳴らす。けれど、光希は居留守を使って出てこない。部屋から一歩も動く気はなかった。  すると、彼は時間が許す限り、アパートの前で光希が出てくるのを待つ。  こっそりとカーテンの隙間から、アパートの前で立ち続ける透を見た。  彼にひどいことをしているという罪悪感と同時に、透の姿が見られて、こんなにも想ってもらえてると実感できて、幸せだという気持ちが湧いてくる。光希は、そんな自分を酷い人間だと、ひどく自己中心的だと思った。

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