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第87話
昼間、透と慎司が何を話したのか、気になって仕方がなかった。
彼はもう帰っただろうということはもう分かっている。それでも光希はもうすぐ食品のストックが切れるという理由で外に出た。
今の自分を見られたくなかったから、もちろん、パーカーのフードを被り、太い黒縁の眼鏡をかけて。
季節は春だが、まだ夜になるとぐっと冷え込む。暗闇の中、肌を刺す冷気は冬のものだった。
両手をパーカーのポケットに突っ込みながら、足早に歩く。だから、彼の目の前を通り過ぎようとするまで気づかなかった。
まだ、いる。あれから何時間経ったかも分からないのに。透は光希のアパートの前でしゃがんでいた。寒いのだろう。両手を擦り合わせては息を吹きかける。
一瞬、目が合ったような気がした。けれど、今の自分を彼に見られたくない。光希はさっと俯いて、足早にその場を去る。
それでも、彼が待ち続けていることだけが気になった。どれだけ待っても、透の望む光希が二度と現れることはないのに。無駄なのに。寒さで風邪を引いてしまうかもしれないのに。どうしてそこまでできるのだろう。
コンビニで食品を手あたり次第買いこんでも、寒そうにしていた透の姿が頭から離れない。気がつけば、カイロもカゴに放り込んでいた。
今の自分を見られたくないのに。顔だけではバレないと思う。でも声で気づかれるかもしれない。そうしたら、透は騙されたと思うだろうか。それに対して自分は彼を騙していたことを認める、そうすれば彼は幻滅して、二度と光希の前に姿を現さなくなる。それで全てが終わる。でも終わらせたくない自分がいる。
透に凍えてほしくない。でも嫌われたくないから突き放せない。彼と一緒にいるには自分では釣り合わないと卑屈に考えるくせに、誰かが隣にいれば嫉妬で頭が焼き切れそうになる。滅茶苦茶で、自分が矛盾の塊になったようだった。
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