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第92話

夜が明けて、空が白んでくる。 「もうそろそろ、始発が出るよ」 「ああ」  そう言っても、彼は離れなかった。くっついていると、身体がふわふわして温かい。夢心地という言葉がぴったりの感覚だった。  自分が消える前に、透に帰ってもらおうと思った。笑顔で涌かれたかった。彼の腕から抜け出そうと身をよじる。ふと、部屋の隅に置かれていた彼の鞄から、分厚いハードカバーが飛び出しているのが見えた。 「あの本……」 「ああ、保阪が光希に返したいって。俺が返しとくって言ったら嫌々だけど渡してくれた」  そういえば、貸していたような気がする。光希が読んでいるなら自分も読みたいと言っていたので、返却はいつでも良いと言って渡した。内容は、少し小難しいファンタジー小説だ。 「光希を待ってる間、ちょっと読んでみたけど難しかった」 「そうだね……僕も、読んではみたけど、全部理解できたわけじゃないし……」  幼い頃から高校を卒業するまで、光希の趣味は読書だった。愛読書があるというわけではなく、現実逃避ができる内容なら何でもよかった。同じ年頃の主人公が異世界に行く小説ばかりを何冊も読んでいた。  この世界に来てからも読みたいと思ったけれど、いわゆる異世界転生を主題とした本は少なく、仕方がないからファンタジー小説をいくつか読んでみただけだ。

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