3 / 3

ゆずレモン その3 チラ裏シチュエーション

 檸檬(れもん)がいつになく熱心に、スマホを凝視して何かの記事を見ている。なんだろうとソファに座って隣から覗き込もうとした(ゆずる)は、軽く手で遮られた。 「なに、今の何? カクテル? ……飲みに行くのか?」 「人のスマホを覗き込むのはマナー違反だよ、ゆず」 「えー隠し事? 俺がこの前合コン行ったからって、俺を置いて飲みに行く気なのか?」 「そういうんじゃないよ。……でも、僕のすることに興味を持ってくれるのは嬉しいよ」  檸檬は穏やかな笑みを整った顔に浮かべ、譲の頭を軽く抱えた。ふんわりと良い匂いがして、譲はくらりとする。 「檸檬さんのつけてる香水って何」 「つけてないよ。多分柔軟剤じゃないかな? 一緒の匂い、ゆずの服にもついてると思うけど」 「そっかな……この匂い……俺好き」  くんくんと匂いを探る譲の目の前に、先程遮られた記事の画面がすんなりと提示された。檸檬の手が髪を優しく撫でてくれていたが、むくりと起き上がってスマホを受け取る。 「これを見ていたんだ。ゆずも見てみて」 「えー……と、なんだ? バディ……三角関係、リバに、ワンナイトラブ? 上下関係……双子……に、萌えろ?」 「面白そうじゃない?」 「何これ?」 「BL投稿サイトの企画なんだ。ね、ゆず。僕がこれからあみだくじを作ります。止まったところの企画にさ、乗ってみない?」 「ごめ、言ってる意味がわからない」  譲は戸惑った声を上げて、受け取ったスマホの画面をしげしげと眺める。そこには洒落たカクテルの画像と、『カップリングに萌える』という文字がある。この企画に乗るとは一体どういうことなのだろう。 「まあまあ、これをどうぞ」  譲がスマホを見ている間に、檸檬はいつの間にかチラシの裏に6通りのルートが選べるあみだくじを書いていた。もしかしてこのくじの隠された部分に、カップリングを記入したのだろうか。 「えっ? つまり何? 檸檬さんは……例えば、俺がこのあみだで引いたカップリングとやらを、試そうとしてるのか」 「正解ー。ささ、どれでも好きなルートを選んで」 「ちょっと待ってよ! 俺BLとか読まないからわからないけど、三角関係とか引いたらどうなるわけ? 誰と三角関係になるんだ?」 「三角関係……か、そうだなあ。誰か連れてくる? ナーやんとか」 「なんでナーやんが出てくるんだよ! 普通にやだよ! あと何、ワンナイトラブって。それっきりかよ? 檸檬さんと一晩だけの関係を持ったら、俺は捨てられるのか?」 「僕が……ゆずを捨てるわけないじゃない」  面白そうに譲を見つめる視線は優しい。檸檬の思いつきのお遊びに本気になっている相手に、少し驚いているようにも見えた。ちなみにナーやんというのは、二人共通の友人だ。 「もしゆずが嫌なカップリングだったら、やめてもいいから。とりあえず引いてみて?」  優しく言われて、譲はしぶしぶ左端のルートをペンで辿り始める。紆余曲折ぐるぐると辿っていったが、折れて見えないゴールの手前で止まった。 「はい、ゆずの選んだのはー……リバ!」 「リバとは……?」 「普段ゆずは僕のことを抱っこするでしょう。それの逆だよ。……どうする?」 「――は」  譲の手がゴールのところから後ずさる。それから線を一本足して、ルート逃れをするという暴挙に出たが、特にクレームはつけられなかった。 「おやおや? 次にゆずが選んだのはー、双子! ――双子か。どうしよう僕たちは双子ではないね」 「このあみだ駄目じゃん!」 「んじゃも一本線を引こうか。次は僕の番ねぇ……バディとか楽しそうだけどー」  檸檬の体が密着してきて、譲から奪ったペンで線を引くと、すぐに新たなるゴールに辿り着く。そこにあったのは、上下関係だった。 「これでいい? どうする?」 「上下関係て……どっちが上? 檸檬さんが上?」 「……あれ、リバに戻る?」 「えっ、ちが」 「もうなんでもいいやー。ゆず、オフトゥン行こ。オフトゥン。……ゆずのこと食べちゃお」  結局なんの意味も為さなかったあみだくじは、テーブルからはらりと落ちた。けれど譲の頭の中にはいろんなカップリングが飛び交って、その夜は変なふうに燃えた、いや萌えた、のかも知れない。  リバ……リバとは……。  いつかそんなシチュエーションも来るのだろうか。今の時点では何とも言えなかった。

ともだちにシェアしよう!