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いつか*性描写

 互いの間に言葉は必要なく、ふたりは唇を押しつけ合った。熱く、乾いた感触を必死になって貪り、飲み込むことを忘れた唾液が顎を伝う。唇を吸いながら、ブラッドは性急に服を脱いだ。下肢に纏うものもすべて脱ぎ去り、クバルの脱いだ下穿きと一緒にベッドの下に落とす。  裸の胸が触れ合う。どく、どく、と脈打つ、生きている証を肌で感じる。左手で胸に触れ、指先で撫で下ろすと、硬く引き締まった腹の中央に、周囲の皮膚とは違ってざらりとした感触が真横に走っている。変色して、彼の褐色の肌よりも色が薄くなっている場所。死を乗り越えた証だ。  そこを優しく撫でながら、クバルの美しい顔に唇を落としていく。目頭から緩やかに描かれた眉の間、ふるりと震える瞼、すっと通った高い鼻の先を舐め、少しかさついた頬を、そして熱を持つ厚い唇に再び縋る。触れる場所すべてが愛しい。  唇をそのまま食んで、あわいに舌を潜り込ませると、クバルはすぐに応えてくれる。 「ん、……」  引き摺りこまれ、強く吸われると、頭の奥がじんと痺れた。呼吸をするのも忘れ、濡れた舌を絡ませ合う。くちゅ、とふたりの唇の間で小さな水音が立つ。唇を合わせながら、ブラッドはクバルの長い黒髪を項で束ねた紐を解いた。  夢中で唾液を交わしながら、クバルの掌に肩を押され、ブラッドは抗うことなく柔らかな毛皮の上に背中をつけた。  暗闇に慣れた目では、クバルの表情がよく見える。切羽詰まったように、あるいは切なげに、眉を寄せてブラッドを見下ろしている。艶のある黒髪が肩から滑り落ちた。 「ブラッド……」  すべてを焼きつけておきたいと、日が落ちる前のヘリオススの空の色をした目が、切に語っている。  伸びた掌が、日に焼けて少し褪せた、短い金色の頭髪を撫でる。指先は額をなぞり、ブラッドが先に唇でそうしたように、顔を丁寧に辿っていく。ブラッドは目を伏せて受け入れる。  皮の厚い指先は力強く直線を描く眉をなぞり、薄い瞼に閉ざされた目の際に触れる。まるで初めて触って確かめるようだった。男らしい鼻筋を辿り、白い肌色よりも色の濃い、唾液で濡れた唇を端から端まで撫でる。  指先に憶えさせるようだった愛撫がやみ、ブラッドは瞼を上げた。グリーンの瞳で見上げると、顔が近づいて再び唇が重なった。  クバルは何度かブラッドの口を啄むと、顎を辿り、太い首筋を舐めた。ちり、小さな痛みが走る。今まで、こうして痕を残されることは数えるほどしかなかったが、首の横に鬱血の痕を残したクバルの唇はさらに下に下りて、皮膚の薄い鎖骨の下を強く吸う。どちらも衣服で隠せる位置ではないが、隠すつもりもなく、クバルのしたいように、いくらでも好きにすればいいと思った。 「は……」  クバルの唇は、彼の肌に比べれば白い肌を啄みながら、性急に下りていく。筋肉に盛り上がった胸を撫で、慎ましやかな乳首を口に含む。 「っ、ぅ……」  ちゅ、と吸われると、身構える間もなく足裏から這い上がってくるものがある。そこを舌でなぞられるとじんと痺れて性感が煽られるのだと知ったのは、比較的最近のことだった。  彼の前髪を軽く引くと、黒い頭部はさらに下へと移動していく。硬い腹の窪みをなぞり、臍の周囲を吸って、血管の浮き出た下腹に辿り着く。そこには、過ぎた興奮で雄々しくそそり立つペニスが揺れている。  クバルの熱い掌が内腿を掴み、ぐいと脚を開かせる。荒い吐息が勃起したものの先端に吹きかかり、ブラッドは思わず広げた脚の先を揺らした。クバルは一度身体を起こし、ベッドの側に備えてある小瓶を取った。  華やかな香りが広がり、クバルの掌にとろりとした液体が落ちていく。 「クバル、早く」  言葉少なに急かして膝を立てる。張った陰嚢に繋がる会陰、その奥の小さな穴がクバルの目に晒される。  早く繋がりたい。視線で促すと、香油を纏う指の腹が窄まりに触れる。ひくつくそこを何度か撫でて、筋ばった指は肉襞の中に潜りこんできた。 「ん、っ……あ、あァ……」  ブラッドの脚の間に寝そべったクバルが、充血して天を向き先端を潤ませていたブラッドのペニスを口に咥えた。硬く張った亀頭が湿った口内に包み込まれる感覚にブラッドは身悶える。  後孔を指で拡げながら、クバルの舌はざらりとした表面で敏感な鈴口を舐め、すぼめた口で亀頭全体を吸った。全身の血液がペニスにばかり集中したように下肢がかっと熱くなり、ブラッドの踵は足元の毛皮を滑る。  先走りは溢れ出たそばからクバルに舐め取られる。じゅぷじゅぷと淫らな音を立てながら頭を上下に動かされると、出入りする先端が硬口蓋に擦れるのも、肉厚の唇にくびれがひっかかるのも、たまらなく気持ちがいい。 「……く、うぅ……ン、ッ!」  後孔を探るクバルの指が、ペニスの裏の辺りを柔らかく押す。口淫されるのとは違って明確ではないけれど、甘やかな感覚が腰の奥に蓄積していく。同時にふたつの快楽を与えられると、すぐに意識が陶酔へと連れて行かれそうになる。まだ嫌だった。 「クバ、ル……離せっ……」 「……ふ、……っ」 「出ちまう、から……ッ」  自身の下肢に埋まる男の頭を軽く押しやるが退く様子はなく、かえって深く咥えこまれブラッドは声を飲んだ。じゅるじゅると音を立て、熱い粘膜に強く吸引されながら竿を扱かれる。前立腺を突く指の動きもやまず、不意に訪れた絶頂感にブラッドは背を反らした。足の爪先が毛皮をぐっと握る。  まだいきたくない。射精をするのは我慢していたいのに、こうも丹念に愛撫されたら、たえられない。 「っく、ゥ、――ッ!」  精液が尿道を駆ける快感を、瞼を硬く閉じてやり過ごした。白濁は外気に触れることなく、クバルの口内に放たれる。硬さの残るペニスを押しつけてすべて出しきろうとする間も、はくはくと開く尿道口を舌先が丁寧に舐め取っていく。こく、と嚥下する音が聞こえ、火で炙られたように顔が熱くなった。  後孔に埋まった指は蠢いて、道を拓くように奥へ進み、不規則に抽挿を続ける。ブラッドのペニスを吐き出したクバルが、ブラッドの身体の横に片腕を突いて見下ろしてくる。 「離せって、言ったのに」 「別に構わない」 「……まだいきたくなかったんだよ」 「なぜ」 「お前と、長くこうしていたいからに……決まってるだろ」  腹の中に埋まったままの指を故意に締めつける。唇の隙間から長く息を吐いて、目の縁に力を込めたままでいるクバルを、ブラッドは逞しい胸を荒く上下させながら見つめた。  指が抜け出て、代わりに指よりも太くて硬いものが、濡れてよく解れた窄まりに擦りつけられる。触れたものの熱さに、ブラッドは唾を飲む。  ふたりの距離が狭まって、クバルのペニスが、狭い肉壁の中をゆっくりと押し開いていく。 「っん、はぁ……」  腹の中がクバルに満たされていく。息が浅くなる圧迫感と充足感に、胸がぐっと締めつけられる。湿った吐息の先に、クバルの美しい顔がある。  ずっとこうしていたい。終わりがくることを考えたくない。 「惜しまなくても、何度もいかせてやる。何度も、訳がわからなくなるくらい、抱いて……お前が、泣いて嫌がっても、やめない」 「泣いて嫌がったりするかよ。俺は、ずっと……永遠に、お前と抱き合っていたっていい」 「わかった……そうしよう、ブラッド」  降りた吐息が顎を掠め、唇同士が重なった。角度を変えて何度も唇を吸う合間、広げた脚の間にぐ、ぐ、と腰を押しつけられる。  本当に、このまま永遠に繋がっていられたら。明日の朝日は昇らず、ツチ族の来訪はなく、クバルがヘリオススを去る必要もない。もし時を止めることができるとしたら、今この瞬間をを永遠にする。それができないのなら今だけは、不本意なこと、煩わしいこと、快楽に溺れてすべて忘れてしまいたい。  ブラッドは少し汗ばむクバルの首を強く引き寄せ、彼の腰に回した脚を絡める。根本まで飲み込んだ熱塊がブラッドの中で大きく脈打ち、合わせた唇の合間でクバルが息を詰める。 「ブラッド……」 「っふ、……あぁ……ッ」  ぱん、と濡れた肌と肌が打つ音が立った。張り詰めたクバルの陰嚢が尻肉に触れ、腹の奥を穿たれたのは一度、わずかに腰を引いたクバルは腸壁の浅い部分を抉る。大きく張った亀頭でそこを押し潰されると、排尿感に似たもどかしい感覚が込み上げて、できることなら自分で勃起を強く握って擦りたくなる。けれどブラッドは衝動に従わず、ペニスの裏側を執拗に擦る律動に身を任せる。 「っン、ん、……あっ、ぅ、……」  感じる場所を明確に擦り上げられて、自分のものではないような、甘く鼻にかかった喘鳴が漏れ出る。クバルは腰を動かしながら、ブラッドの湿った額を唇で撫でた。 「中が、びくびくしてる……」 「はぁ……ッ」 「いきそうか」 「まだ、だ……っクソ、奥まで、来いよ……!」  ぬぽぬぽと浅い場所に出し入れする屹立を、絞るように肉環でぎゅうっと締めつける。中で先走りを漏らすほど興奮したペニスには、たまらないはずだった。クバルは呻き、濡れた赤い瞳でぎらぎらとブラッドを焼きつける。 「は、……ッ」 「っひ! ぁあア……っ!」  深くまで貫かれる衝撃に、浮いた爪先が攣りそうな感覚があった。押し広げた股関節から足先まで、びりびりと痺れている。  熱い怒張が短い間隔で最奥を穿つ度、腹の中がうねり、逃がすまいと淫らな肉襞がペニスに絡みつく。狭まった行き止まりをぐりぐりと腰を回して捏ねられると、暴力的なまでの快楽が身を襲い、ブラッドは白い喉元を仰け反らせた。  ブラッド、と耳元で湿った声が切羽詰まったように呼ぶ。項からぞくぞくと瘧のように震えが駆けて、眼球の奥がじわりと濡れる。 「ッうゥ、……アぁっ、クバ、ル……っ」 「っく、……う、――ッ」  肉襞が包み込むペニスが震え、身体の奥が熱い迸りで濡れていく。はぁ、と恍惚の吐息を漏らし、ブラッドも達した。限界まで膨らみふたりの腹の狭間で反り返っていたペニスから、どぷりと白濁を溢した。  けれど、二度絶頂しても、喉が渇くような飢餓感が湧いてくる。渇きを満たすように、荒く呼吸を繰り返すクバルに口づけを求める。乱れた黒髪を掻き抱いて、もう互いの味を覚えてしまった唾液と吐息を交換する。 「ふ、っン……」 「ん、ぅ……っクバル……まだ、だ、もっと……」  はーっ、はーっ、と獣の息を繰り返し、鼻先で視線の交わる男の上唇に噛みつく。いくら唇を合わせたって足りそうにない。何度抱かれて果てても、次が恋しい。  クバルの両腕が身体の下に回って、ブラッドは軋む上体を起こした。クバルの脚の上に跨がって腰を下ろし、汗に濡れた身体を強く抱き締める。腹の中に埋まったままのペニスが、すぐに大きさを取り戻して内壁を圧迫する。 「こんなに……欲しがるお前は、初めてだな」 「ん……最後に、なるかもしれないと思えば、当然だ」 「……そんなことを言うな」  厚い筋肉が覆う肩口に顔を埋めたクバルは、深く息を吸い込んだ。汗とブラッドの匂いを確かめるように。  ちり、と肌の薄い部分に痛みを感じてブラッドは首を捻る。先につけられた鬱血の痕に、重ねて赤い印が刻まれているのだろう。消えなくなったらどうする、とブラッドは愉悦を孕んだ声で、印をつけた男に問う。 「消えなくなればいい……俺がいない間に、別の者が手出しをしないように」 「お前はよその女と婚姻を結ぶのに、俺は駄目なのか? お前が女と一緒になるのなら、俺だっていいだろ」  冗談めかして言うと、沈黙が落ちた。顔の見えない男がどんな表情をしているのかはわからない。ただ、低い声の振動が、触れた胸を打つ。 「絶対に駄目だ。……俺は、本当にカーンの妹の夫になる訳じゃない。その女を愛する訳じゃない」 「……わかってる」 「俺が想うのは、ブラッドだけだ」  顔が見えなくてよかったと、熱された大地よりも高い体温を抱き締めながらブラッドは思った。目の縁がじわりと滲んで、奥歯を噛み締め、歪んだ表情をしているからだ。  誤魔化すために、ブラッドはクバルの肩口に唇を寄せた。そして、強く歯を立てた。 「っ……」  じわ、と薄く赤が滲む。獣がそうするように、自分の歯の痕に浮かんだ赤色をぺろりと舌で撫でた。 「容赦がない」 「お前にそのつもりがなくても、相手がお前を好かないとは限らない」  舌の上にかすかに広がる鉄の味に、泣きたくなるような満足を覚える。肩から首筋を辿って耳裏をなぞり、厚い耳朶を噛む。中に埋まったままのペニスが、びくりと震えた。 「っ……ブラッド」 「……ん」  顎を掬われ、吐息が唇を撫でる。薄く開いた口から舌を差し出すと、柔らかくしゃぶられ、舌先の血の味が飲まれていく。そのまま唇ごと食われ、腹の奥を下から突かれた。 「ンん゛ッ! ……はぁ、っ……」  唇が離れると、濡れた吐息が零れ落ちる。欲望に染まった大きな赤い瞳に上目にじっと見つめられて、項がぞわりと粟立ち、身体の奥がぎゅっと縮まって、胎内の熱杭を締め上げた。 「っく、……ん、あ、あァ……っ」  クバルの熱い両手が下から尻肉を掴み、ぐぐ、と容赦なく広げる。皺が伸びきって晒された小さな穴を、太い杭が押し広げながら何度も往来して、ブラッドの感じる場所を硬い先端で突いていく。  たえきれず、ブラッドは引き締まった硬い両腿でクバルの腰を締めつけた。また、限界が近い。けれどふたりの腹の間に挟まれたペニスは力なく萎れたまま、下からの突き上げに従って揺れているだけだった。 「は、あっ、……ア、っいく、クバ、ル……っ!」 「っ……!」  一番奥を強く擦られて、熱が全身を駆け巡り、毛穴がぶわりと開く。頭が真っ白になり、全身を投げ出してしまいたいような、暴力的な解放感が身を襲う。  絶頂に留まっている時間は長かった。その間、腹の奥を熱い迸りが叩くのを、意識の端で感じていた。  少しずつ視界が明瞭になってくると、吐息が触れる距離で目を蕩けさせている男が酷く愛おしいと思った。汗ばんだ腕で、胸で、同じ温度の肌を抱き締める。  ずっとこうしていたい、とクバルが掠れた声で、ブラッドの首元で囁いた。  心地よい倦怠感に微睡みながら、ブラッドはクバルの指の間を握り込んだ。 「クバル……いつか一緒に、外の国へ行こう」  独り言のように心許ない呟きを、クバルは決して聞き逃さず、毛皮の上に身を横たえたブラッドを静かに見つめた。 「外?」    丸みを帯びた赤い光を、ブラッドはそっと見上げる。  ――アトレイアの王都サラディへ一緒に赴いた時、思った。ダイハン族は一生、南の乾いた赤い大地で生きていく。  それは彼らにとって当然のことで、正しいことだ。瓦屋根のある家を、舗装された道を、肌触りのいい繊維で織った衣服を知らない。赤い大地の外の世界のことを、自分たちとは違う生き方をする人間がいると知らないことを、愚かだとか、不幸だとかは、決して思わない。  けれどクバルには、世界には彼が知らないものが沢山あるのだと知って欲しかった。 「ダイハンの……赤い大地の、外」  ダイハンの、明け方赤色に染まる空や、雑じり気のない紺碧の暗夜に散らばる星々や、荒れた大地を駆ける獣の群れ――それ以外にも、美しいものがあることを知って欲しい。見て欲しい。  ……否、そうではない。一緒に見て、知りたい。世界には、心奪われるものが、他にもある。  ブラッドだって、外の世界を知らない。アトレイアにいた頃、戦や公務のため諸外国に出ることはあったが、外へ関心を向けることをブラッドはしなかった。自分のすべき役目を果たすことが何よりも重要だった。外を知る必要など、ないと思った。 「赤い大地の、外」 「そうだな……例えば、アトレイアよりも北……海の向こうの国、とか」 「うみ?」  子どものように同じ単語を繰り返すクバルが愛おしく、ブラッドは瞼を半ば下ろしながら微笑を浮かべる。 「海は……陸と陸の間の、水に満たされた部分だ」 「……」 「大地にできた、巨大な水溜まりみたいな」  全然伝わっていなくて、自身の表現力にがっかりする。 「それは、どのくらい大きい」 「ダイハンの端から端よりも、アトレイア一国よりも大きい。アトレイアの北西に海があって、海の先には国があって、アトレイアともダイハンとも違う言葉を話す人間がいる」 「そいつらは、水溜まりの中に住んでいるのか」 「いや、海の先は陸になってて……そこまでは船で行く」  クバルはまた、訳がわからないというような顔をした。 「船は、海の上を行く馬みたいなもんだ」 「馬が水の上を走るのか」 「まあ、そうだな」  想像したのか難しそうに眉を寄せる男を、ブラッドは笑った。 「ずっと北の方では、雪っていう名前の塊が空から降ってくるらしい」  雪は話に聞くだけで、ブラッドも見たことがなかった。アトレイアでは雨は降るが、雪は降らないのだ。雨が凍ったものだと聞いたが、それは身体に当たったら痛いんじゃないだろうか。 「お前が見たことがないものが沢山ある。俺が知らないことも。それを見せてやりたいし、一緒に見に行きたい」  クバルは頷いてブラッドの左手を握り返す。  叶うのがいつになるのか、そもそも叶うことはあるのか、わからない。そのことを互いに理解している。けれどブラッドは、握った指の強さを約束と受け取った。

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