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 翌週、月曜日。  おれは最高潮に気が重いまま、登校した。  藤堂くんは2年1組、おれは8組で、校舎の構造上使う昇降口と階段が違うので、滅多にすれ違うことはない。  おれはモブ生徒だし、普通に生活していて特段注目を集めるはずがないから、彼におれの存在が知れることはまずないだろうと踏んでいた。  ……いや、ただの願望だったのだけど。  昼休みにあっけなく再会したおれたちは、絶句したまま廊下で立ち尽くしてしまった。 「……え」  藤堂くんは、購買で買ったと思しきパンを持ったまま、完全にフリーズしている。  いたたまれない。  耐えきれずに、おれは目をそらす。  ややあって、ハッとした様子の藤堂くんは、ちょこっと頭を下げて、足早におれの横を通り抜けた。  そう、それでいいのだ。  何も触れないでくれるのが、一番ありがたい展開。  土日の2日間、おれはもがき苦しんだ。  バレたらどう言い訳しようかと煩悶(はんもん)する一方で、おれに気づいて、また優しく声をかけてくれたらいいのに、とか。  妄想と、おぼろげな記憶と、強い恐怖。  あんな場所に行ったと親や先生に知られたら、人生が終わる。  そう思うのに、キスしたこととか、彼の手に導かれてイッたこととか、そんなことを何度も想像して、激しい自慰にふけった。 「あの」  去っていったはずの声の主に呼びかけられ、ビクッと肩が揺れる。  おそるおそる振り返ると、藤堂くんは、困ったような顔をしていた。 「……ごめんね。知らなくて」 「いえ」  藤堂くんは、小さくうなずくと、足早に去って行った。  角を曲がっていく彼の背中を見届けると―― 「うそ……」  小さくつぶやき、ダッシュで近くのトイレの個室に駆け込む。  こんな、こんな事態でなお、体が反応してしまうなんて。  ゾクゾクとお腹の奥で(うず)く熱。  ガチャガチャとベルトをゆるめて昂るそれに手を触れると、もう、自然にはおさまりそうにないくらいガチガチに勃起していた。  もどかしくパンツをずり下ろし、ペニスを擦る。  目をつぶると、制服姿の藤堂くんが、おれをめちゃくちゃに犯してきた。 「……っ、…………、」  無理やり息を殺しても、こぼれた先走りがぐちぐちと音を立ててしまう。  情けなさと劣情で、泣けてくる。  唇を噛みながら、強く擦る。 「っ、……、……ぅ…………っ!……ッ、……ン……ッ!」  みっともなく体をこわばらせながら熱を放ち、徐々に正気を取り戻してくると、自己嫌悪でいっぱいになった。  なんだ。  ふたを開けてみたら、諸々の事情を全部飛び越えてしまうくらい、好きになってしまっていた。  ……いや、これを好きなのだと言っていいのかは分からないけれど。  もう一度優しくされたいとか、好きだと言われたいとか、体を触られたいとか……して欲しいことばかりで、何を与えたいかなんてひとつも浮かばない。  未熟な気持ちで、欲だけが膨らんでいって、抱えきれないままこうして発散して、忘れられるときを待つしかないのかもしれない。  ――ごめんね。知らなくて  彼はなぜ、謝ったのだろう。  性行為に及んでしまったことを詫びたのだろうか。  それとも単純に、おれの顔を知らなかったことか。  おれを見て絶句していた藤堂くんの姿を思い浮かべる。  校則どおり着たサマーニットに、きっちり上まで締めたネクタイ。  ズボンにはしわひとつないし、ゆるめて着崩すようなこともなく、丈ピッタリに履いていた。  1度も染めた気配のない、丸い黒髪のボブ。  ……あんな場とは到底無縁そうなひとなのにな。  飛ばしてしまった精液を拭き取り、トイレットペーパーを流して、個室を出る。  廊下は普通に人の往来があって、最中に誰も入って来なかったのは、本当にただの運だった。  1組には絶対近寄らないようにしよう。  向こうは多分、おれが何年生なのかも知らない。  だから、おれがうまく避けていけば、学校生活はうまくやれる。  そう信じることにした。

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