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地獄的な再会から3日経った、木曜の中休み。
水を飲もうと思い教室を出ると、廊下の向こうに藤堂くんの姿が見えた。
慌てて自分の席に逃げ戻る。
藤堂くんは、6組のドアに頭だけ突っ込んで、キョロキョロしているようだった。
10分ほどしかない休み時間にわざわざこちら側の校舎に来るなんて、生徒会の用事か何かだろうか。
もしそうなら、このクラスには生徒会も他の委員会の役員もいないから、教室にいるのが安全だ。
席に座ろうとしたら、机の上のものを落っことして、ペンケースの中身が床にばらけた。
動揺しすぎだ。
変に思われないように注意しながらさっさと集めるも、焦って全然拾えない。
「大丈夫ー?」
ぱっと顔を上げると、そばにいた女子が、落としたものを拾ってくれていた。
そして、華奢なチェーンをつまみ上げながら笑う。
「あれ、朋永くん、ブレスレットつけたりするんだね。意っ外~」
いま名前を呼ばないでくれ!
……そう思った、わずか数秒後。
教室の前方ドアからひょっこりと、藤堂くんが顔を出した。
そして、教室をぐるりと見回し……。
「あ」
ばっちりと目が合うと、真顔の藤堂くんは、目線だけでおれを廊下へ促した。
ずっと探していたのだと、直感的に確信した。
3日間、しらみ潰しに教室を見て回っていたに違いない。
口止めか、なんなのか。
さっさ階段の踊り場へ向かう藤堂くんの背中を、黙って追う。
用具入れにさえぎられた死角に入ると……まさかの、抱きしめられた。
「はー……」
「えっ、え?」
「見つけた」
藤堂くんは、おれの肩口に顔を埋め、長く息を吐く。
呼吸が熱くて、一気に心拍数が上がった。
「あとで殴ってもいいから、いまだけ、こうさせて」
「い、いや……殴るとか別に……」
軽くパニックになりながら、藤堂くんの言葉を待つ。
藤堂くんは静かにぎゅーっと抱きしめながら、何度か深呼吸をして、心を落ち着けているようだった。
何回も繰り返していた安っぽい妄想が、現実になっている。
信じられず、どうしていいか分からず、おれは抱きしめ返すこともできなくて、両手をだらりと横に下ろしたままだ。
「……ごめんね。急に」
「平気だよ。でも、なんで?」
「……すごく後悔してたんだ。あの日、どうして君を置いて帰っちゃったんだろうって。心配で。それに、連絡先を聞けばよかったって。もう二度と会えないんだって思ったら苦しくて、無意味にアプリを検索しまくったけど出てこないし」
そうか。
藤堂くんにとってあれは、二度と会うことはないあっけない別れだったんだ。
おれは嫌でも顔を合わせるのだと知っていたから、そんな求め方はしなかったけれど、もし彼がそのことで気に病んでいたのなら、絶対に謝れない後悔だったのかもしれない。
藤堂くんの抱きしめる腕が、強まる。
「それなのに、学校で会ったら、びっくりしすぎて何も言えなかった。あんなに会いたいって思ったのに、本当に会ったら、バレたらやばいっていう保身の方が先に浮かんじゃって、逃げた」
「それはそうでしょ……」
「でも、教室に戻って落ち着いたら、また誰なのか聞けなかったって後悔したんだ。バカだよね、自分勝手で。あんな態度とっちゃったし、嫌われてるだろうなって思いながら、ずっと探してた」
語り終えると、藤堂くんは、ゆっくりと体を離した。
「ごめんね。色々勝手で。しかもこんな、同意も得ずに触っちゃった」
「ううん。心配してくれてありがとう。あのあとは普通に帰った」
「よかった」
「ていうかこっちこそ。ごめん。おれほんとは……、」
言葉がつかえる。
うつむき、ズボンを握り締めながら、弱々しく言葉を続けた。
「……最初から気づいてた。藤堂くんだって」
「うん」
「ごめんなさい」
声が震える。
そっと見上げると、藤堂くんは眉根を寄せて微笑んでいて、遠慮がちにおれの手に触れてきた。
「名前、聞いてもいい?」
「朋永。朋永文。2年8組の」
「……文系クラスか。だから会えなかったんだね」
1組から4組までの、理数クラス。
5組から8組までが、文系クラス。
同じ学年だけど、偏差値も違うし、カリキュラムも完全に分断されている。
だから、このマンモス校なら紛れていられると思ったのだけど……。
探してくれていたことに、じんわりとうれしさがこみ上げてくる。
おれは軽く息を吐いて、ぽつっと言った。
「おれはずっと知ってたよ。藤堂くんは1年から生徒会だし、有名人だから」
「……最悪、全校集会とか何かの機会を利用して、どうにか見つけようとしてた」
はははと眉尻を下げて笑った藤堂くんは、おれの両手を握り直して、軽く手を繋いだまま言った。
「もう後悔したくないから、言うね。朋永くんのことが好きだなって思った。あんな一瞬だけだったけど、楽しくて、もっと話したかったし知りたかったって思って。それに……可愛くて……、」
顔が熱くなる。
恥ずかしいくらい、手汗もすごい。
「帰ってからめちゃくちゃ心配になったの、あれ、『他の奴に触られたくない』って思ったからだったかもと思って。あれっきりでさよならだったらいつかは忘れなくちゃいけない気持ちだったかもしれないけど、この学校にいるんだって思ったら、他の奴と付き合ったりしたら絶対やだって思って」
「付き合わないよ。てか、そんな展開になるの、あり得ないし」
普通の学校生活で自然と恋ができるなら、そもそもあんな場所に行かない。
それは藤堂くんだって重々承知だと思うけれど。
そういう当たり前の現実をすっ飛ばしてまで、おれのことを好きと思ってくれたのだとしたら、こんな夢みたいなことってあるのかな、と。
「朋永くん。俺と付き合ってください」
「……うん。おれも、そうなれたらいいのにって、ほんとは思ってた。避けてたくせに、藤堂くんのこと、好きになってたから」
「うれしい」
壁に押し付けられて、そのまま、優しいキス。
死んじゃうかと思うくらいドキドキしたら――中休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「やばい、遅れる」
文系棟の隅から理系棟の一番端まで、ダッシュ。
全力で走っても、1分はかかるだろう。
「ごめん! 昼休み、また来る! 連絡先教えるから!」
藤堂くんは、顔の前で両手をパンッと合わせて謝り、走り去って行った。
おれだって、すぐに教室に戻らなきゃいけないのに……。
へなへなと崩れ落ちるようにしゃがんで、ひざを抱えてうずくまった。
藤堂くんと、ほんとに付き合うなんて。
「嘘でしょ。いや、嘘じゃないけど……」
熱くなった頬に、手の甲を当てる。
こんな気持ちで、授業なんて受けられる気がしない。
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