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3 幸せ、のはず
「――そっか。じゃあ、あしたはけっこう忙しいんだ?」
『うん。久しぶりに家族揃うから。…………というのはごめん、嘘で、ひとりでだいきちを健診に連れて行く』
藤堂くんと付き合い初めて1ヶ月。
夏休みに入ると、夜の電話がいつもより長くなった。
そして毎日話をするうち、彼が、2~3日に1回くらい小さな嘘をつくということが分かった。
本人の言ったとおり、本当に、しょうもない嘘なのだ。
そんなところで違うことを言って何になる? という。
「だいきち、元気?」
『うん……とっても。でも、病院に連れて行くと大体そのあと嫌われるから、あしたは遊んでくれないかも』
嘘の意味とかを考えると、良くない思考に引きずられてしまう。
だから、嘘は嘘として、さらりと流すことにしている。
常夜灯だけの暗い部屋で布団を深くかぶり、イヤホンに集中すると、藤堂くんの吐息が聞こえた。
『ふみ、ごめん』
「いいよ」
安心させるように優しく言うと、藤堂くんも、甘えたように「うん」と答える。
こういうとき、ぎゅーっと抱きしめたいし、うんと優しくして欲しいなとも思って、愛しくなってしまう。
虚言癖の原因は『愛されたい』という強い欲求なのだと、色々調べるうちに分かった。
『早く会いたいな。俺、生徒会とか自分の仕事に打ち込むのが好きなタイプって思ってたけど、ふみに会う日が待ち遠しすぎて、他の日が早く過ぎればいいのにってつい思っちゃう』
「でも藤堂くんは、そんなこと言いつつきっちりやる。夏休みなのに登校してるし」
『まあ、それは、やりたくてやってるから』
根本的には、責任感の強いひとだし、真面目な考えのもとに生きているのだろうなと思う。
周りの期待に応えられるよう、精一杯努力して、自分の時間を他人のために費やしているのも、よく分かるし。
だからこそ、意図せず自分の口からついて出る嘘に、苦しんでいるように見えた。
『ふみ、大好き。早く会いたい』
「あと3日だよ」
『早く会いたいな』
「ん……」
もぞっと、布団の中で、脚を擦り合わせてしまう。
ひどく単純な思考回路だなと自分でも思うけれど、こんな風にダイレクトに好きだと言われると、すぐに勃ちそうになる。
『……ふみ、エッチな気分になってる?』
「うん。触りたくなっちゃってる」
『しよっか』
もう何度もしている、電話エッチ。
布団をそっとどけ、下着ごとズボンを下ろすと、電話の向こうでもゴソゴソという音が聞こえた。
『まだ下は触っちゃダメだよ。指舐めて、唾で濡らして、乳首触ってみて』
「……ん」
聞こえるように、ちゅぱちゅぱと音をたてて指を舐めてから、Tシャツをめくって両方の乳首に触れた。
『コリコリしたり、潰したり、つまんだり。できる?』
「してる……、きもちぃ」
『可愛い。俺は、ふみの胸触ってると思いながら、シーツ引っ掻いてる。興奮する。勃ってきた』
ペニスがじんじんする。
早くも触りたくなってねだると、藤堂くんも余裕がなさそうだった。
彼の手を想像しながら、そっと触れる。
我慢できなくて、強く握って擦り始める。
「ん、ふぅ……っ、は、はぁっ」
『すごい、エッチな声。俺もしごいてるよ』
「はぅ、気持ちいい……、んっ、はぁ」
指示して欲しい――
という願望が伝わったのかは分からないけれど、藤堂くんは、少し息を弾ませながら言った。
『裸になって、枕噛んで、赤ちゃんみたいにちゅうちゅうしてみて? 恥ずかしい格好してるふみ想像するから』
藤堂くんに見られていると思いながら、言われたとおりに服を脱ぎ、再び寝転がって、枕の端を噛む。
ペニスを擦りながら舐めたり吸ったりしていると、枕はすぐにびしょびしょになった。
客観的に見たら絶対恥ずかしい行動をさせられて、あり得ないくらい興奮する。
『ふみ。バックの姿勢になって、頭を下げて、お尻がよく見えるようにして』
擦る手を止めないまま、言われたとおりにする。
『できた?』
「ん、……してる、んぅ」
『恥ずかしいね。命令されて、ひとりで部屋で、やらしい格好でちんこ触ってるの』
「ふぅ、んっ、ん……っ」
『どうしよう。そのままイッたら、シーツに精子こぼれちゃうよ』
「ぁ、やだ……、ゃ」
『頑張って我慢して? でも、手は止めちゃダメだよ』
イキたい、けど、この姿勢で出してしまったら、親にバレる。
先走りがこぼれないように片手を先端に添えると、別の刺激でますます気持ちよくなってしまう。
無意識に、腰が前後に揺れる。
我慢がききそうにない。
「ぁ、藤堂くん……、むり、だめ……っ」
『うん、もういいよ。我慢してえらかった』
「は、ぁう、……何したらいい? エッチな気持ち止まんないっ」
『そうだな……。えっと、部屋に鏡ある?』
「……ある。全身が映る、姿見」
『うん。じゃあ、それ見ながらしてみて。めいっぱい脚開いて。できる?』
起き上がり、ベッドの端に腰掛ける。
ペニスを擦りながら顔を上げると、鏡の向こうに、とんでもなく淫 らな自分がいた。
理性を放り出して、ただただ欲に任せて自慰にふける自分。
「はぁ、きもちぃ、……んんっ」
『……っ、ふみがエッチな顔してるの想像すると、興奮する。イキそ……』
カッと顔が熱くなる。
藤堂くんが、おれの体を想像しながら自分のものをしごいているなんて……。
「は、……ん、ぁ、もぉ……っ、だめ、」
『いいよ。でも、最後までちゃんと、自分がイクところ見ててね』
「ん、んぅ、みる、みるからぁ……っ」
許可されて、夢中で擦る。
電話の向こうの藤堂くんも呼吸を乱している。
「はぁ、とうど、くんっ、……ぁっ、いく、イッちゃぅ……、ああッ、ぁああ…………っ!」
快感に打ち震えると、ペニスの先からこぽこぽと精液がこぼれ出した。
指先を伝って床を汚しそうになるのを、片手で受け止める。
そんな自分の恥ずかしい姿に興奮するうち、藤堂くんも小さくうめいて、達したようだった。
『……、ふみ、イッた?』
「いった、きもちかった」
『俺も。めちゃくちゃ興奮した』
……隣の部屋の姉が泊まりに出ていて、助かった。
頑張って抑えていたとはいえ、もしいたら、丸聞こえだっただろう。
ざっと体を拭いて、服を着て寝転び、天井にぽつりと灯るオレンジの明かりを見つめた。
性的な熱が引いて、心にじんわりと残るのは、やっぱり彼が愛しいという気持ち。
「……だいきち、あしたも遊んでくれるといいね」
『俺が無事に、キャリーケースを揺らさずに運べたら』
窓を開ける。
ぬるい夜風が、天井にこもる微熱をかきまぜた。
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