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第3話
あの少年は一体何者なんだろう。
俺は気になって、授業のない時間に彼の実技を見に行ってしまっていた。
練習場で一際目立つ、その技術。
馬の事をよく理解しているのが伝わってくる乗り方。
まだ馬に乗る事に不慣れな候補生たちもいる中、彼の騎乗は明らかに群を抜いていた。
「ミハイール」
遠くなら眺めていると、 別の科目の教官であり俺も教わったイゴール先生が声を掛けてくる。
「お前もアレクサンドルを見に来たのか?あいつの騎乗、本当に凄いよな。馬と心を通わせて乗っているのが分かる」
「……ええ、そうですね」
イゴール先生は俺に馬を大事にしろと繰り返し教えてくれた人だった。
「お前もまだあんな風に乗れると俺は思うし、お前の活躍をもっと候補生たちに自慢したいんだがな……」
「…………」
先生に言われ、俺は返す言葉がなかった。
こんな俺を、先生は可愛がってくれて、俺の戦果をとても喜んでくれていた。
「俺も昔、同じような事があったから無理強いはしない。だが、仲間を失った悲しみを乗り越えられた時、お前はもっと強くなれる」
騎士である限り、そうした別れは必ずあるのだろう。
分かってはいるが、俺を信じて一緒に戦ってくれた彼女を想うと、一歩先に踏み出す勇気がなかった。
それから俺は、日課である馬の様子を見に行っていた。
馬には乗らなくなったが、世話だけは以前と変わらずしていた。
馬房を掃除し、馬と触れ合うと彼女の事を思い出す。
普段の彼女は穏やかで、鹿毛の美しい馬だった。
その身体をブラッシングして綺麗になったよと声を掛けると、喜んでくれて鼻を俺に擦り寄せてきた。
そんな彼女を、俺は死なせた。
いや、殺したんだ。
今、彼女がいた場所には別の馬がいる。
その馬が同じようにしてくれると、俺は涙を抑える事が出来なかった。
何故、俺は死ななかったのだろう。
彼女と共に戦死してしまえば良かったのに。
「ミハイール先生」
聞き覚えのある声が俺を呼ぶ。
「先生、どこか痛いですか?大丈夫ですか?」
眉をひそめ、心配そうに俺を見ている青い瞳。
「……大丈夫だ。お前、どうしてここに?」
俺は涙を拭って言った。
「オレ、馬の世話が好きだから時間がある時はここに来てるんです。先生もそうなんですよね?時間は合わないけど、先生が毎日ここに来てる事、厩務員の人から聞いてます!!」
瞳に輝く光。
この輝きが、俺には眩しすぎると感じた。
「あの……、オレに言われても嫌かもしれませんけど、先生は本当にメドヴェージツァ号の事が大好きだったんですよね。だから騎士団の団長、辞めたんですよね?」
「……知っているんだな、俺が犯した罪を……」
「ここで世話をさせてもらえるようになってから知りました。先生がずっと可愛がってきた事、メドヴェージツァ号も先生に一番懐いていた事、その最期……」
「やめてくれ!!」
一番触れて欲しくない傷に触れられ、普段は決して晒す事のない感情を俺はその瞳から逃れたくて露にしてしまっていた。
「俺は大切な仲間を死なせた殺人者だ。そんな人間が国を守れる訳が、騎士団の団員たちを守れる訳がない。そんな俺みたいになりたいなどと、二度と言うんじゃない!!」
俺は叫んでいた。
あの時、彼女を失ったショックで吹き飛んでいたもの全てをぶつけてしまっていた。
「先生……」
そんな俺を、目の前の少年は抱き締めてくれた。
「皆さん、心配してました。先生がいつか死んでしまうんじゃないかって。先生は国王陛下から言われたから何とか思いとどまってるんだろうって言ってる人もいました。オレも大好きだった馬を病気で亡くした時、毎日世話をしていたのにどうして気づけなかったんだろうって思って、オレのせいだって思って死にたいって思った事、あります」
その胸が早鐘を打っているのを感じた。
俺を気遣い、さすってくれる手は少し震えていて、緊張しているのが伝わってくる。
「……取り乱して悪かった……」
俺はアレクサンドルから離れようとする。
けれど、彼が俺の身体にしがみついて離れなかった。
「大切な仲間を失って悲しくない人なんていないです……」
見ると、彼の瞳に涙が溢れていた。
「ごめんなさい、オレが死なせてしまった馬の事、思い出してしまいました……」
そう言ってボロボロと大粒の涙を零すアレクサンドル。
強い。
そう思った。
俺よりも年若いのに、大切な存在を失ってもなお、あんなに瞳を輝かせて、あんな風に馬に乗って。
俺よりもこの少年はずっと強い。
俺は……何をやっているんだろう。
「…………」
震える彼を、俺は抱き締め返していた。
その綺麗な髪に触れ、馬に触れるように撫でさすった。
「お前も……辛かったんだな……」
「……はい……」
暫くの間、俺と彼は互いの大切な存在を思い、抱き合ったまま涙を流していた。
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