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16. 俺がお前に嘘ついた事あるかよ
クチュクチュと湿った音が狭い階段の踊場に響く。
キス素人の俺には長すぎるキスに力が入らなくなってきて、今は先輩の腕に支えられてかろうじて座っている状態だ。
気持ちいい……のだと思う。
絡まる舌も、上顎を舐められるのももちろん初めての体験で、時折意思と反して体がピクリと揺れてしまう。
やっと離れた時にはほとんど押し倒されているような体勢になっていて、後ろに壁が無ければ完全に階段に寝てた。
混ざり合った唾液が口の端から流れててきっと情けない顔してると思うんだけど、俺を見下ろす先輩の顔はそんな俺を笑うでもなく真剣なままで、ゴクリと喉を鳴らしてまた近づいてきた。
またキスされる、と慌てて手で先輩の口を覆ったら不満げな顔をされたが不満があるのは俺の方だ。
「……何がしたいんですか……」
「キスに決まってんだろ」
「じゃなくて………」
先輩は眉間にシワを寄せたまま口を覆った俺の手を掴むが、無理やり除けようとしないあたりとりあえず俺の言い分を聞いてくれる気はあるようだ。
「俺と先輩は……友達なんですよね?」
「……まぁ今はな」
「今は?」
「不満かよ」
「いや、今友達でいてくれるならそれで良いんですけど……じゃあ……──」
先輩が掴んでいた俺の手のひらを舐めてきてビクッと跳ねてしまった。
くそぅ、負けないぞ。
黙っていよう、気にしないでいようと決心していたが、やっぱり気になって仕方ないのだ。
「──……友達同士でするもんなんですか?」
「何がだ?」
「だから、その……」
「あ?」
「き……っ、キスですよ! 友達が居た事ないから知らないけど、普通友達同士でするものなんですか!?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………そうだ」
「そうなんですか!?」
「あぁ、俺がお前に嘘ついた事あるかよ」
「わりと」
「今日はホントだ」
本当だろうか?
かなり疑わしいのだけど、もし本当だとして、それを拒んだらもう友達としていられなくなるかもしれない。
そう考えるとこれ以上問い詰めるのも怖くなって、何も言えなくなった。
先輩と友達じゃなくなるのは、嫌だ。
「ひゃぃっ!?」
どうしようとぐるぐる考えていたら掴んでいた手をまた舐められて変な悲鳴を上げてしまう。
慌てて手を引っ込めキッと先輩を睨んだ。
「と、とにかく! 俺はキスも友達付き合いも慣れてないので初めは手加減してくださいっ!」
「………………手加減したらして良いのか……」
「はい?」
「いや、何でもねぇよ」
視線をそらした先輩は俺の頭をクシャクシャと撫でて、覆いかぶさっていた体を離した。
同時に予鈴が鳴り、俺も壁に寄りかかっていた体を起こし立ち上がる。
「あの、じゃあ俺行きますね」
たとえ友達同士で当たり前にされているかもしれない事だとしても、やっぱり気まずくて視線を合わせないまま立ち去ろうとする。
「……木戸」
「はい」
だけど名前を呼ばれてしまったから無視するわけにもいかず振り返ったら
「んぐ……っ!」
またキスされた。
慌てて先輩の体を押したから一瞬だったけど、先輩はびくともしなくて代わりに俺が後ろによろけて転けそうになった。
そんな俺を見る先輩は非常に上機嫌で無性に腹が立つ。
「〜〜〜っ、き、キスは一日一回ですっ!!」
悔しくて思いっきり叫んで階段を駆け下りた。
「……だから、キスするのは良いのかよ……」
先輩が呟いた言葉は俺には届かなかった。
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