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第9話 初めての朝⑤

「でもスウードって獣化できるんだ! すごいな!」  もしかして、階段の上り下りの時に獣化しているのではないだろうか? さっきスウードが下から食事を持って上がって来た時間が、昨日俺と上ってきた時間より比べ物にならないくらい早かったからだ。 「スウードは幼い頃から獣の姿になれた。やつの能力には助けられている」 「ふうん、そうなんだ! 後で獣化するところ見せてもらおー!」  話には聞いていても、実際に獣化したところを見たことはない。かつて犬族がどんな姿をしていたのか、興味がないと言えば嘘になる。  結局アルが食べなかった残りのパンを俺が平らげた頃、スウードが籠に山盛りになったパンと果物を抱えて戻ってきた。服を着替えていて、前開きの身体全体を包むような一枚布でできており、袖は無く腰紐で留めているような簡素な服だった。 「申し訳ありません、厨房にはもうこれだけしかなく……」 「構わぬ。二、三食分にしては多過ぎるくらいだ。それを置いたら直ぐに出よ」  スウードは「畏まりました」と俺たちの食べ終えた後の残骸をテーブルの端に寄せ、そこに食べ物を置いてから部屋を出ていく。俺はその後ろからついて行った。 「獣化するところ見せて! 見たいっ!」 「構わないが……ここでは狭いから下まで行ってからでないと」  と、スウードの服の裾から見えていた足が毛に覆われて形状が変わったことに気付いた。 「うわ! 足だけ獣化してる!」 「とにかく急ぐから、背負わせてくれ」  膝をついて屈むスウードを見て、昨日この階段を上る時にも提案された気がしたが、今は躊躇している暇はない。  スウードの首に腕を回して乗っかると、俺の両足を腕で抱えられる。そして「振り落とされるなよ」と前傾姿勢になった瞬間、高く跳び上がり、階段を十段以上飛ばして下り始めた。 「すごいすごい! めちゃくちゃ早い!」 「喋ると舌を噛むぞ」  まるで落ちていくような速さで、瞬く間に一番下の階まで辿り着いた。興奮冷めやらぬまま、スウードの背から降りる。  スウードは扉から塔の外に出た。この扉には鍵が掛かっていないようだ。 「足だけでもすごいのに、全身が獣化したらどうなるの!」 「……そんなに期待した目で見られると緊張するな」  と、スウードが腰紐を緩めた、次の瞬間、全身が二倍の大きさに膨れ上がり、全身が灰色の毛に覆われていく。顔は鼻と口が突き出すように伸び、鋭い牙が横に裂けるように大きな口から覗いた。服は破けずに緩めた腰紐で固定されて背中を半分くらい覆っている状態だ。 「か、かっこいい……! でかい!」 「そうか……それは良かった」  獣の姿でも話すことはできるんだな、という単純な感想を抱きつつ、スウードの姿をまじまじと見る。そして唐突に扉の外に出ているスウードと薄暗い塔の中に居る自分を比べて、アルとふたりきりで残される不安が募った。 「陛下を宜しく頼む」 「俺……それについては自信ないよ。今までずっと独りだったから上手くやれるか……アルは他種族だから、耳や尻尾の動きの癖もわかりにくいし」 「あの方は、強く誇り高くあろうとするばかりに誤解されやすいだけなのだ」  スウードのしっぽが水平にゆっくりと動く。 「それに、君が思うより陛下は悪く思っておられない。あれほど饒舌にお話になる陛下はここ十年見たことがなかった」 「……そうなの?」  思い出しても、表情があまり変わらなかったし、声も抑揚がなく平坦で、少しも楽しそうには見えなかったけど。

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