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第17話 本当の気持ち③

 言い淀むスウードから、ふと手の中の植物図鑑に視線を落とす。そこには見慣れた木の実の絵が描かれていた。説明文には、「発情期(ヒート)」という単語が入っている。その隣の単語は難しくて読めない。 「この単語、なんて意味?」 「あ、ああ……それは『抑制する』と意味だな」  嫌な予感がしてポケットから包みを取り出し、木の実を図鑑の絵と見比べた。よく似ている。 「……ねえ、これって、『発情期(ヒート)を抑制する』の? 発情期(ヒート)って番になるのに必要なことなんだよね?」  母さんが毎朝一粒食べるように言っていたこと、ここに来る時運び屋の二匹がカーニヴァルについて「抑制剤で発情期(ヒート)を調整する」と言っていたこと、そして俺をβだと勘違いしていたこと。  そして、俺は今までΩだったにも関わらず、発情期(ヒート)を経験したことがないこと。それがどういうことなのか、全てが繋がっていく。 「知ってたのか? この実が、どういう効果を持っているのかって」  スウードがばつが悪そうに口籠る。スウードが知っていたなら、アルもきっと──。 「……十八を迎えた王は、毎年カーニヴァルの時期に番候補を迎える。そしてカーニヴァルが終わるまでに、番になるかどうかを決める」  カーニヴァル。羊の国のお祭りで、運び屋の二匹が浮かれていたのを思い出す。俺が連れて来られた日の夜から始まった。 「明後日……じゃん、カーニヴァル終わるの……」  アルは全て分かっていて、俺に木の実を食べさせていたのだ。そう思うと、胸がずきずきと痛んだ。 「アルは初めから、俺と番になる気なんて無かったってことじゃないかっ……!」  どうしてこんなに苦しいんだろう。辛いんだろう。最初、番になんかなれないと思ったし、なりたくないと思ったはずだ。それなのに、アルが俺と番になることを望んでいなかったと知って、辛くて悲しくて仕方ない。 「どうして……! だったら何で、俺をここに連れてきたりなんかしたんだよっ……!」 「しきたりだからとしか……僕には言えない。番になるかどうかを決めるのは、陛下だから、僕はその判断に従うだけだ」  スウードが困惑するように眉根を寄せた。つい感情的になって当たってしまったことを後悔する。 「……番が決まらなかったら……どうなる?」 「見送った例はあまりないが……決まるまで、毎年カーニヴァルの時期に新しい候補が連れて来られることになる。番にならなかった相手は、塔から出て羊の国で暮らすのが普通だ」  塔を出たら、もう二度とアルには会えない。そして、アルはいつか誰かと番になって、ここで暮らすのだ。俺以外の、誰かと。  溢れ出す感情をどうすることもできずに、自分の部屋に逃げ込んだ。アルが他の誰かと親しくしている姿を思い浮かべてしまったから。  俺は──アルのことが好きなんだ。  「世界の植物図鑑」を胸に抱き締めて、呆然とする。気付くのが、あまりに遅かった。もう、時間がない。  机の上にいくつもの本が乱雑に積まれていた。読んだ本を棚に戻すように言われたけれど、何だか手放すのが惜しい。  本を抱えたままベッドに横になる。視界が歪んで、いつの間にか涙が溢れていた。息をする度に胸が苦しくて、痛いから泣いているのだろうか。  目を閉じて、痛みが引いていくのを待った。母さんが居なくなって、辛かった時も、こうしてやり過ごしたから。

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