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第31話 幸運という名の犬⑤

 Ωの抑制剤は図鑑に載っていた実などを加工した植物由来の安全性の高いものが一般的に流通しているが、αの抑制剤は副作用が強い非合法なものしかなく、効果も芳しくないと聞く。  もし安全性の高いΩの抑制剤に近い形で、αの抑制剤が作られたら──僕は、生を受けたこの塀の向こうに、行けるかも知れない。 「今アルが犬族の王様と一緒に研究をしないかって持ち掛けてるんだ。犬族にはΩもαも少なくて研究しにくいから、羊の国でも研究すると良いかもって」  今羊の国の塀の中に居られるαは、番の居る者と国外からの訪問者くらいだ。国内需要はさして高くはないだろう。  犬族も羊族も国内に居るαは少ないが、しかし他国──特に狼族は半数近くがαだと聞くから、国外の需要は高い。交易でかなりの収益が見込めるはずだ。  そして羊の国の王は抑制剤があれば、これから先、塔で生活を強いられることは無くなるだろう。 「アルはスウードが良いなら実を食べてみて大丈夫かどうか、試験を手伝って欲しいみたい。そのうち連絡が来るかも」 「それは是非協力したいとお伝えしてくれ。僕も……もし可能なら、またお仕えしたいと思っているから」  そんな望みを言って良かったのかと思ったが、ロポは「うん、そうなればいいな!」と笑って答えた。  門の前に辿り着くと、門兵がロポを探していたらしく慌てて城の方へ伝令を出していた。 「今度は城の中で会えるといいね!」 「ああ、そうだな」  迎えの籠が来て、門の前で別れる。手を振るロポを見えなくなるまで見送って、また歩き出す。淋しさと仄かな希望を抱いて。  数日後、陛下直々の書状が届き、内容は抑制効果試験への協力依頼だった。実を摂取後に城の警備員と共に塀の中に入り、その後は城内で過ごしながら、開発された抑制剤の試験と経過観察を繰り返すというもの。  僕はすぐに勅命に従い、迎えの荷車で城へ招かれた。ひと月ぶりに見た陛下は、少し疲れているようではあったが、僕の来訪を喜んでいるように見えた。  城には平常時に発情期(ヒート)のΩが近づかないように注意が払われることになり、僕は部屋からほとんど出られなかった。  しかし、陛下ともロポとも対話することができた。陛下はこの研究の結果、抑制効果が確認されたら、以前のように従者として働いて欲しいと僕に仰ってくださった。  だから、僕はどうか成功して欲しいと祈りながら、真摯に研究に取り組んだ。  発情期(ヒート)のΩと囲い越しに対面して変化があるかの試験を何度か行ったが、平常時とほぼ変わりないことが確認された。「ほぼ」というのは僕が誘引ではなく、Ωの発情期(ヒート)を初めて目にしたことによる動揺が見られたからなのだが……  その後抑制剤として、実から有効な成分を抽出したものが開発されることになったが、ひとまず実を一日一粒摂取することで効果があることが確認されたため、僕は正式に部屋から出て、陛下の従者として働くことが決まった。 「陛下、再びお仕えできること、深く感謝申し上げます」  胸に手を添えて頭を下げると、書面に目を通していた陛下は空になったカップを持った。 「……ちょうど紅茶を飲みたい気分だった。淹れてきてくれ」 「はい、畏まりました」

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