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第33話 幸運という名の犬⑦
母が働いていた娼館の正確な場所は分からないが、国外の者が訪れることができる場所となると奥まっていない大きな建物である可能性が高い。娼館生まれの犬族の老人が、その辺りの館で生まれたと言っていたのもある。
入り口にある建物を眺めながら、もしかしたらこの辺りの娼館のいずれかだったかもしれないと思いを巡らせた。
赤や黄色の淡い色合いのランプに照らされ、街並みは美しく華やかに見える。ただ、娼館の前で呼び込みをしている者達は、皆肌を露出していて目のやり場に困るのだが。
「お兄さん、お相手はお決まり?」
「い、いや! 僕は……!」
唐突に背後から声を掛けられて、反射的に後退りする。
「姉さん、その獣人お城のひとじゃない? そのローブ、お役人のだわ」
「ええ? あたしらちゃんと営業許可もらってるわよ?」
「そうよ! 不法な呼び込みもしてないのに!」
と、知らぬ間に次々と現れた羊族のΩの女性達に囲まれてしまった。皆胸を強調した布地の少ない服を着ているため、視線を向けることすらできず、目を泳がせ挙動不審な反応をしてしまう。
「ちょ、ちょっと用があるので……!」
何とか隙をみて包囲網を掻い潜り走った。しかしそこで逃げる方向を間違えたことに気付く。更に奥に入ってしまったのだ。
戻ることは難しいが、確か城を出る時に確認した地図では、この奥から大きな通りに出られた気がする。
裏通りは表の通りよりも静かで、明るいランプも館の入り口にしか灯っていない。先程のような呼び込みの者達は、皆表通りに出ているのだろう。
「あんた!」
唐突に暗がりから飛び出してきた何者かが、僕に体当たりしてきて、衝撃でふらつく。驚いてその者を見ると、僕より背が少し低いくらいの背丈の男だった。
「あんた、おれの運命だろ!」
外に跳ねるような癖のある長い黒髪に褐色の肌の羊族の男──が僕に抱きついている。横に突き出した耳は垂れ、身体付きはΩにしては割合がっしりとしていた。そして、赤銅色の瞳を輝かせ、僕を真っ直ぐに見詰めている。
その目を見た時、何か身体を走り抜けるような感覚があった。
「おれ、ルシュディー! あんたは?」
「えっいやっ……」
胸の部分と腰布で隠れた下半身以外は肌を晒していて、身体を密着させられている状況に顔から火が出そうなくらいに熱くなって、身動きも取れず硬直する。
そして彼から匂い立つ、芳しい香りに、思わず心臓が強く脈打った。
「ちょっ、お前! ルシっ! 誰でも彼でも声掛けんなッ!」
僕より頭ひとつ小さく、白い巻毛の髪に角を生やした一般的な羊族の風貌の青年が現れて、僕に抱きついている青年を引き剥がした。
「そのひと、役人だぞ! 服見りゃ分かるだろ!」
「知るか離せッ! こいつはホントにおれの運命なんだよっ!」
ルシュディーと名乗った黒髪褐色の青年は、必死に白髪の小柄な青年から逃れようと手足をバタつかせている。
しかし、警備の仕事を任されていた時に身につけていたローブは役人が身につけるものと同じだったとは知らなかった。知っていたら、不用意に羽織ってきたりはしなかった。
「マタル! 早くルシを連れてってくれっ!」
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