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第35話 愛を知らない犬と夜の羊①

 あれから、二週間が経った。  この腕輪を返さなければ、早く店に行かなければと思うのに、あと一歩勇気が出ない。  僕に「運命」と言ったルシュディーという青年は、本当に「運命の番」なのだろうか。  抑制剤を常飲しているせいだろうか。運命の番であればはっきりと知覚できるというが、そうかもしれないという思いはあっても確信がない。  陛下とロポの場合もそうだったようだが、陛下は明確に「運命の番」だと認識した。しかし、ロポは知識が無かったのも相まって気づくことがなかった。  花街に行ったというのもあって、陛下やロポにも話を聞くことができずに、時間だけが過ぎていった。 「スウードさん、あんな高い石のついたブレスレットを置きっぱなしにするなんて無用心ですよ!」  清掃係の羊族の女性Ω、サーラが廊下で会うなり少し怒ったように言った。彼女は主に使用人の使う施設の清掃を担当している。 「あれはそんなに価値の高い物なんですか?」 「知らないんですか? ルベライトですよ! またの名をレッドトルマリン! 犬族の国でしか採掘されない上、昨今採掘量が減少して市場価値が上がってるんです! それもあの石は最高ランクの五カラットですよ!」  持っていた箒の先を剣の鋒のようにして僕の鼻先に突きつけながら詰め寄られ、思わず後退る。 「く、詳しいんですね……」 「伯父が宝石商でして、将来商いを継ぐつもりなんです。なので、詳しいのは当然です!」  サーラは腰に手を当てて誇らしげに胸を張った。  しかし、それほど高い宝石だとは知らなかった。それなら尚のこと早く返さなければ。 「価値を知らないってことは頂き物ですか?」  拾い物だと言うと「どこで」「誰の」と聞かれる可能性があるので、「そんなところです」と濁しておく。 「う~ん、でもあの石はΩの魅力を引き立てる効果があるとされているので、普通はΩの恋人や番にプレゼントする宝石なんですが」  サーラは不思議そうに「相手の方は意味を知らなかったんですかね?」と首を傾げた。  ──恋人、番にプレゼント?  僕を「運命」と言っていた彼に、そんな人がいるのだろうか? もし居たとして、僕がどうこう言う話では無いのだけれど、何故か胸の辺りがざわつく。  サーラと別れて、陛下の居られる執務室に向かいながら、「今夜返しに行こう」と覚悟を決めた。  夜、仕事を終えて自室に戻り、ルシュディーの腕輪を手にそのまま城を出た。間違えてもローブは羽織らないように。  あまり人に見られると体裁が悪いので──僕のというより陛下の従者としての体裁だ──、裏道を通って歓楽街に向かった。  追い掛けられた末に辿り着いた店だったので、あまり正確に店の位置を覚えていない。辺りを見回していると、ひとりの若い女性が近づいてきた。 「お兄さん、お相手はお決まりです? 私今日朝までフリーなんですよ」  布地で隠されている部分が少ないシースルーの服を着ている羊族の女性が、ぴったりと身を寄せてきて身体が硬直する。 「あ、いや、あの」  前回とほぼ同じ展開に、逃げる方法を必死に考えていたところだった。

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