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第3話
ガキの話に付き合っていられるか。
たまの休みに俺は歓楽街に出かける。夜のかましい雑踏は色とりどりのネオンがかき消してくれる。馴染みの店に入るまでに何人もの男に声をかけられたが、俺はすべてに対して無視を通した。
高嶺の花といえば聞こえはいいが、我ながら嫌な男だと思う。
それでいて自分の魅力を自分自身で理解しているため、俺は誘われる側でなく、誘う側だとわかっている。端的に言えば、男漁りが大好きなのだ。
「織弥ちゃん、今夜はどうしたの?」
行きつけのゲイバーのママは俺より一回りほど年上だが、見た目は若々しくこの俺にも匹敵するほど美人だ。悔しいほどに。それは俺の周りに集う女性客の視線を集めている点からしても明白だろう。黄色い声ほど煩わしいものはない。
「ママさあ……」
「ん? なあに?」
「俺はこの店だけをひいきにしてるんだけどさ、いい加減に会員制にでもしてうざったいの締め出してくれないか」
「ならあんたが他のとこ行けばいいでしょ」
「嫌だよ。どうしてこの俺が俺の都合以外で動かなければならないんだ」
「あいかわらずワガママなんだから」
「たまには甘えさせてくれよ」
「お断りね。あんたを甘えさせてくれる金持ちの男でも探しなさい」
「そうしたら俺仕事しなくてもいいかな」
「……もしかして仕事の悩みでもあるの?」
ハイボールを差し出しながら、ママは小首をかしげる。絵になる人だ。俺の好みではないが、ママがネコでなければ一度は寝てみたいと思っている。これは本音だ。
「織弥ちゃーん」
「痛っ」
ママの強烈なデコピンが俺の額を直撃する。
「お酒は美味しいうちに飲んじゃいなさいよ」
「悪かった。ごめんな、ママ」
「やけに素直じゃない。そのまま悩み事もぶちまけちゃいなさいよ」
「……よくある話さ、ノンケのガキに告られただけだ」
「あらあら」
「うざったくてしょうがねえ」
「その子はあんたの高校の生徒?」
「ああ。頻繁に授業抜け出しては保健室にサボリに来る」
「込み入った話だけど、その子は本当にあんた目当てにサボってるの? 学校が嫌でとかストレスがとかの悩みで、あんたに助けを求めているんじゃあないの?」
「いや、それはないな」
「即答……」
「ママだってわかるだろ? 相手が本気かどうかって。そいつの目を見たら簡単にわかる」
「まあねえ……」
「あいつは俺を美化しているだけだ。周りに女がいないから俺で代用しようとしているだけだ。ただ夢を見ているだけなんだよ」
俺に好きだと告白した柴田の瞳は高揚して……いたっけ。
あれ、どうだっけな。
記憶が曖昧になっている。
「織弥ちゃん。それであんたは何て答えたのよ」
「お前の想いには応えられないって答えた」
「それってさあ、織弥ちゃん。どういう意図で言ったの?」
「意図だあ?」
「断る理由はいくつかあるでしょ。単に好みじゃないとか、そもそも相手がノンケの時点で望みがないとか」
「ああ、それねえ。あいつがクソガキだからだ」
「なるほどね、相手が未成年だから断ったのね」
「そりゃそうだろう」
「じゃあさ織弥ちゃん。相手が成人していたらOKしていたの?」
「……さあ」
考えたこともなかった。
「さあって何よ」
「それすら考えてなかったってことだ」
「なら考えてみて。相手の子がもしハタチ超えていて、あんた好みの男だったら応じていたのかしら」
「あのクソガキがか……」
「この際年齢は無視して、どうなのよ、ぶっちゃけ。良い男なの?」
「……悪くはない。年のわりに言動が幼いが、顔と身体は文句ない」
「ならその子が大人になるまで待ってみたら? 案外良いパートナーになれるかもよ」
「おいおい冗談だろ。相手は俺の生徒だぜ」
「あんたはただの保健室の先生でしょ」
「俺の学校の生徒って意味だ」
「同じでしょ」
「節操なしの俺だってノンケに手を出す気はさらさらないさ」
「……織弥ちゃん。大人になったわね」
「大人じゃねえよ。大人だったらもっときっぱり断るわ」
「そうそう断って――え、断ってないの?」
「断った。断ったが……」
「もしかして、絆されちゃった?」
「さあ。どうかな……」
柴田が俺に告白してから今日で一週間近く経つ。その間、柴田は一度も保健室に来なかった。
俺にフラれたことに傷心したままなのか、顔を出しづらいのか、その理由はわからない。ただ登校はしているようだ。その事実が妙に癪にさわった。
「とにかく……」
「なあ、ママ。俺はどうすればいい?」
「あんたの心に素直になりなさい」
「俺の心ねえ……」
「それが難しいなら、さっさと特定の相手見つけなさい」
「俺は遊んでるくらいがちょうどいいんだよ。そういうママはどうだ? 決まった相手いんの?」
「いたりいなかったりね。少なくとも織弥ちゃんよりは大人な恋をしているわよ」
「大人の恋……っ」
「……あんた今笑ったでしょ」
「笑ってない」
「その点、きっと相手の子のほうが大人といえるわね。あんたよりも本気で向き合おうとしているじゃない」
「それは否定できねえな……」
柴田のまっすぐな態度はひねくれた俺にとって眩しすぎる太陽のように熱く、照らされる身としては焼き焦がされそうだった。
きっと柴田の中では相手がゲイだとかノンケだとか、そういう次元じゃなくて、この俺だからこそ――厚かましい言い方だが、惚れてしまったんだろうな。
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