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第7話

「――という甘酸っぱいやり取りがあり、俺はクソガキをなだめることができたのでした。めでたしめでたし」 「めでたしじゃないでしょ、織弥ちゃん」  あれから無事に三年が経った。  柴田はよほどの怪我や病気でない限り、保健室に来なくなった。  俺も俺で柴田を他の生徒と同じように接しようと心がけた。  だが心がければ心がけるほど、柴田を意識してしまっていた俺もいた。  腹立たしいことに。  俺は男遊びをやめていた。柴田が我慢するのならば、俺も俺でケジメをつけないとダメだと思ったからだ。  とはいえ憂さ晴らしの場は必要なので、行きつけのBARには定期的に通っていた。 「めでたしだろ? 俺もクソガキもあれから接触していない。ママのアドバイス通りにな」 「とはいえ織弥ちゃん三年もどうやって処理していたの?」 「そりゃあ、自分の右手で」 「……あんた、本当に大人になったわね」 「俺だってもう三十過ぎだからな」 「織弥ちゃん、あんたが初めてうちに来た日のこと覚えてる?」 「高校……いや大学くらいか?」 「そうそう。あんたが男と不倫して修羅場になった頃よ」 「懐かしいな。あったなあ、そんなことも……」  当時の俺は真面目に大学へ通っていたものの、同じくらいの情熱を男遊びに捧げていた。  出会い系に登録しなくとも、その手の通りをうろついていれば簡単に相手が見つかる。  身体さえ差し出せば金をもらえるし、俺も性欲を発散できて、一石二鳥のバイトだと高をくくっていた。 「店の前にあんたが倒れていたのを見たときは、どうしようかと思ったわよ」 「そうか、殴られたっけな俺。あのクソおやじに」 「織弥ちゃんの綺麗な顔が腫れていたのよ、あのとき。相手が近くにいたら、あたしぶん殴っていたわね」 「ママは過激だなあ」 「でもあんたに逢えてよかったと心から思っているのよ」 「俺もこの店を知れてよかったよ」 「あたしのことは?」 「ママのことも愛しているよ」 「ほんと、口だけなんだから」 「そういうわけじゃないさ……」  ママには感謝してもしきれない。  ガキの頃から今までずっと面倒を見てもらっている。  ところで俺にはひとつ、気になることがあった。 「なあ、ママよお」 「なあに、織弥ちゃん」 「俺、最後にここ来たの昨年末だろ? 年明けてからは初めて来たが、なんつーか、客減ったのか?」 「失礼な。気づかないなんてあんたも鈍感ね。あたしも考え方を変えたのよ」 「どういう?」 「昔あんたが言ったのよ。この店を会員制にしたらどうかって」 「あー言ったなあ、そういえば」  昔はノンケの男だけではなく、興味本位で飲みに来る女どもがわずらわしくてたまらなかった。誰がどこで飲もうが関係ないことだが、ここはゲイバーだ。俺たちを酒のツマミにするような単細胞ばかりで、店の品位が下がっていた。  会員制にすれば、少なくともママの認めた客しか来ないだろうし、店の敷居も上がる。なにより、見世物にされる不快感とおさらばできることが最大の利点だった。 「今月から会員制になったから、あんた後から会費払いなさいよ。その分、わずらわしいノンケや鬱陶しい客は来ないから」 「そりゃありがたい。ゆっくり酒が飲める」 「ただ新規の会員は紹介制だから、あんたにたかる輩が増えるかもしれないけどね」 「おい、ふざけんなよ」 「冗談よ。でもね、あたしもひとり織弥ちゃんに紹介したい人がいるの」 「俺に?」 「ふふ、きっと喜ぶわよ」  そのとき、ドアに取り付けられたベルがカランと鳴り、来店客の存在を報せた。

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