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潜入17

 「人形やないし、死んでへん、生きてる」  声がした。   俺は振り返った。  背の高い男が立っていた。  金髪のあの人の片割れ。   捕食者かもしれない男。  俺はちらっと、この男があの人とシていたのを思い出してしまった。  あの人のしなやかな身体を組み敷き、そこに突き立てていた姿。  思わず赤面する。  「・・・自分、覗きはようないな、ボクらのアレ、見てたやろ」  淡々と言われてますます赤面した。  気付かれていた。  「・・・覗くつもりじゃ・・・」  俺は言い訳する。  この男は顔は整っているのだけど、本当に無表情で。  人形めいている。  まだ目の前の木のような女の子の方が人間らしく見える。  でも、この子が生きてるって・・・。  「地面を見てみ」  男は俺の隣りに座った。  俺は女の子の足元を眺めた。  女の子は裸足で・・・。  その素足は地面に根を張っていた。  盛り上がり、地面へと潜っていく根が素足の先からひろがっていた。  「・・・もう、人間の形態を持つより、木になりたいと思ったんやろ。あと一週間もすれば葉が生えて、もっと樹らしゅうなる」  男は言った。    言葉に感情がない。  あの人とシてた時の感情の高ぶりが嘘のようだ。  俺に嫉妬していたとは思えない。  「・・・ちょっとは悪い思うんやったら、あまり思い出さんといてくれる?一応プライベートやねんで」  男かため息をつく。  「あんまり、アイツのああいう姿見たこと、剥き出しにされたら、殺したなるからな」  少し感情が声に混じる。  目に冷たい光が宿る。  この人怖い。  それに、俺はどちらかと言えばあなたのが好みなのですが。  俺は無理目の男を抱きたいという性癖なんです。  背が高くて、身体 が良くて、冷たく顔が整っていて、俺なんか相手しなさそうな感じは結構ストライクなんです、とは言えなくて。  でも、確かにあの人のエロさはハンパなかった。  あの表情、声、しなやかな身体がのけぞって、乳首が弄られ淫らに赤く腫れていて・・・。  「・・・思い出すな言うたやろ!自分、目抉られるのと、鼻から針金で脳に穴空けられんのとどっちがええ?」  男は俺の顎を掴んで言った。  本気だ。  俺こういう人、もう一人知ってるから間違いない。  俺のあの人と同じ匂いがこの男からはする。  「・・・忘れるべく努力します」  俺は必死で言った。  怖いよ、この人。  「・・・気をつけるんやな」  男がボクの顎から手を離してくれたのでホッとした。  でも、樹になるって・・・。  「・・・ボクらがおかしいとは思ってるんやろ」  男は言った。  食事をしない人々。  あまりにも元気過ぎる老人達。  この季節にも薄着な人々。  あ、でも、この人はちゃんと上着を着ている。   「・・・自分の思ってる通りや。ボクらは人間やない」  男は言った。  そして愛しげに樹になってしまった女の子の髪を撫でた。   髪は 肌とは違い、柔らかくサラサラとしていた。  「植物になっとるやつがほとんどや。この子みたいにあまりにも心のダメージが大きい子は、人間の形態をやめて、樹になってしまう子もおる・・・ボクについといで」  男は立ち上がった。  俺は言われたとおりついていく。  そこはおそらく、団地内にあったグラウンドの跡で、昼間はそれほど気にとめなかった樹が数本植えられていた。  「よう見てみ」  男が言った。  ボクはじっくり見た。  早朝の淡い光の中で。  それらの樹は人間位の大きさだった。  緑の葉の隙間、ねじれながら伸びる、茶色の枝の間に、もう樹皮に覆われ、それでもまだ人間の顔だと分かる顔があった。  それは俺と同じ年頃の少年のもので、おそらく他の樹も人間だったものなのだろう。  「数週間でこうなる。あの子もここに植え替えてやらな」  男は言った。  「・・・こっちのがええと思うヤツもおってな、それは好きにしたらええ思うてる」  男の樹を見る目は優しい。  「植物人間・・・」  俺はつぶやいた。  「なんか病院におりそうな言い方やめてくれる?」  男が笑った。  「・・・あんたは違うんだろ、多分あの人も」  俺は聞く。  どちらかが捕食者で、人間を植物に変えていっている。  「改変」  スーツ達がそう名付けた能力で。  「今度はボクから質問や・・・自分も人間やないな?」  男はそう言うなり、俺の胸を刺した。  本当分からなかった。  あまりにもなにげない動きだった。  上着の下に隠すように装着されていたベルトからナイフが抜かれ、俺の心臓を刺すまでが、スピード以上にあまりにも何気なさすきて、俺は心臓に刃が食い込んでくるまで自分に何が起こったのか分からなかった。  全く殺気がなかった。  深々とナイフは胸に刺さった。  男は素早くナイフを抜き、ベルトに戻した。  あまりにも鮮やかすぎる一瞬の出来事だった。  俺はゆっくりとグラウンドに倒れた。  心臓から血がふきだす。   噴水みたいに。  痛い。    苦しい。  身体が冷えていく。  でも、その苦しさは次第に収まっていく。  胸の傷も塞がっていく。   「やっぱり人間ちゃうな・・・良かったわ 。万が一人間やったら、ボクアイツにめちゃくちゃ怒られるやん」  男が淡々と言う。  怒られるとかそう言う問題?  俺は起き上がる。  せっかく貸してもらったジャンバーが血まみれだ。  起き上がった俺に男は言った。  「自分、ボクらを調べに来たんやろ?・・・正規の訓練はされてへん、国に飼われてるもんの匂いはせんと、長老は言うてたけどな。まだまだ素人やとも。どこぞに頼まれたんやろ」  男は俺の頬を優しく撫でたが、その目には一辺の優しささえなかった。  「教えてもらおか。ボクらは何や。何でボクらはこうなったんや?」  男が尋ねる。  そうか。  この人達は自分が何なのかもわからないし、他にも同じような存在がいることもわからないんだ。

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