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潜入20

 「人間の姿をしていても樹や。栄養はいる。食事て言う形ではないし 、たまにでええんやけどな」  あの人は言った。  俺は真っ青になっていた。   色んなものを見てきた。  でもこれは、俺が見たこともなく、想像もつかなかったモノだった。  男達は10数人【いた】。  今はもうそんなには【いない】。  何人かの男達はまだ逃げ回っていた。  手を繋いだことのあるあの女の子が笑顔で追いかける。  それでも男の方が足が速い。  うふふ  女の子は笑った。  彼女の右腕が伸びた。  まるで蔓のように。  地面を高速で腕は這う。  男の足までものすごいスピードで伸び、絡みついた。  男は転倒する。  男は必死でそれを解こうとしたがほどけない。  女の子が笑いながら近づいていく。  「いや、だ。やめてくれ・・・」  泣きながら男は言った。  「・・・あんたが酷いことした子達にそう言われても、あんたはヤメた?」  女の子は笑顔できく。  男は何か言おうとした。  「いいの。別に返事なんて」  女の子は言った。  次の瞬間、女の子の頭が割れた。  花の蕾が開くように、頭が開いた。  顔だった場所は、たくさんの触手が花びらのように四方に分かれて蠢くものとなった。  首の上にイソギンチャクがあるみたいだ。  違う。  触手が重なり合って、人間の顔のようなものを作っていたのだ。  彼らは植物だ。  植物が人間のような形態をとっていただけだ。  そして彼らは「食虫植物」だった。  この場合の虫とは、「人間」だ。  「別に人間じゃなくても 生き物やったら何でもいいんやけどな、この辺ですぐ捕まえられる活き餌言うたら人間が一番早くてな」  あの人は言った。  イソギンチャクのような触手は蠢きながら伸び、男の頭に巻きつき、頭を引きちぎった。  悲鳴さえなかった。  ジュルジュルと男の頭が溶かされていく音がした。  吸収しているのだ。  ドクン、ドクン。    触手が脈打つ。  首を失った死体に他の植物人間達が群がる。  皆 、人間の形がかなり崩れ、触手が身体のアチコチから伸び、蠢いていた。    「何より、罪のない動物殺すよりは人間を殺したいというのがアイツらの願いでな」  あの人は微笑む。  彼らは楽しんでいた。  人間を殺すことを楽しんでいた。  悪い奴らだから。  殺してもいいと。  でも、わかったことがあった。  植物人間達は心の底から人間を憎んでいた。    「オレらは無理やりアイツらを人間やなくしたわけやない。オレらにアイツらが願ったんや、もう、人間でいたない、て」  あの人は涼しげにこの惨劇を見ながら言った。  男も無表情に見ている。  俺だけが、震える脚で立っている。  植物人間達は人間を貪っていた。  「・・・人間には替えがきく。だからな、皆平然と見捨てるんや。苦しんでるのが見えても、見捨てられるんや。冬の寒い日に倒れてる人間を見ても、皆平然と通り過ぎられるんや。それが人間や」  あの人はつぶやく。  「気の毒だけれど、自分には関係ないよなぁ、そう思うんがそれが人間や、たまたま自分が見捨てられる方じゃなかっただけでそう思える。そして、アイツらはそうやって見捨てられた方や」  やめてくれ、と男は懇願していた。  でも、その右腕は触手に引きちぎられる。  ヒギャア  男の叫び声。  次は左腕を触手が覆う。    「喰われとったのはアイツらやってんで、ちょっと前までは人間の時はにはな」  あの人は優しい笑顔のままだ。  「でも、見捨てたり、貪る側を責めてるわけやないんやで。そうせんかったら、自分が見捨てられ貪られる方にまわるからや。弱いヤツほどそうや。貪る側についとかな、自分が貪られる方になるからや。子供のイジメと何もかわらん。強いヤツに逆らわんで機嫌とってたら安心や、まあ、それはそれでええ、あんたらの世界や、勝手にせぇや」  あの人は言った。 「でもここからオレが作る世界はちゃう。お前らの世界がいらん言うたもんをオレは貰う。お前らが見捨てるもんをもらう。ここではもう、世界のために殺されなくていい」  あの人の目は遠くを見ていた。  ずっと先を見ていた。  「噂は流れて行く。街でパソコンの前にずっと座っている仲間もいるしな。根張って、半分樹木化してるけどな。ソイツも噂を流してくれてる。ここにもっともっと、人がやってくる。見捨てられた人達が。ここには色んな専門家もおるんやで?お前らが見捨てたものが無能なわけではないんや。長老みたいにな殺人のスペシャリストもおるしな」  あの人は俺に微笑んだ。  「ここから始めるんや。人間やった時もオレはそうしたかったんや。でもいつも人間に潰された。今度は誰にも邪魔させへん」  ここはこの人の王国なんだ、オレは悟った。  

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