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潜入21

 「ここに来いや。オレはお前が欲しい」  あの人は俺を真っ直ぐに見つめて言う。  殺戮の最中で、こんな場所で言われているのに、俺の胸は高鳴った。  「お前もオレのもんになれ。オレはお前を犠牲にしたりはせん。オレはオレのもんは大事にするで」  その目が優しいからなのだろうか、その声が優しいからなのだろうか。  泣きそうになる。  誰かにこんな風に言われたことなどなかったし、ましてや、こんな人にこんなに魅力的な人にそんなことを言われたことはなかった。  「お前は僕の穴だ」    とかは良く言われてますけどね、本当に。  あの人の殺人を見逃してきた。  相手が悪者だからと。  なら、ここと何が変わらない?  一緒じゃないか 。  ここにいたい、そう叫ぶ俺もいる。  殺戮を見ても、ここになら居場所があるんじゃないかと思ってしまう俺がいる。  「・・・無理です。俺にはあの人がいて、あの人はここでは生きていけない・・・」  でも、俺はそう言っていた。  そう、選択の余地などなかった。  「ああ、お前の彼氏な。アレはいらんな。一目みたら分かる。アレは性根が腐っとる」  あの人は真面目な顔で言った。  「ええ」  俺は頷く。  根っこから腐ってます。  「・・・そこは庇わなあかんとこちゃう?オレ一瞬彼氏に同情したわ」  あの人は苦笑する。  「事実です。傲慢で残酷で。どこにもあの人が生きていていい場所などないから」  俺は真面目に言う。  「でも・・・一緒におるんやな。それでも」  あの人の目は優しい。  「はい」  俺は頷く。  コレが正しくなどないことは知っている。  「ええなぁ。そんなに思われてみたいわ」   あの人がため息をつく。  「僕はめちゃくちゃあんたを大事にしとるやろが」  男が不機嫌そうに言う。  「・・・知っとるよ」  微笑みを返されて、男は黙る。  「・・・残念やわ。でも、お前みたいなんをこんなとこに堕したんはあの男やな。お前みたいなんはこんなとこまで来ることはないはずや・・・やっぱりオレはお前の彼氏は気に入らん」  声はやさしかったけれど 、その声の中の怒りは本物だった。  「ほんなら、もう行き。でもいつでも気が変わったら言いや、お前やったらかまへん」  あの人は言った。  頬から手が離れるのが、寂しいと思ってしまった。  「・・・行ってもいいんですか?」  俺はあっさり許されて驚く。  「かまへん。でも覚えておき、お前がどこで誰を殺そうと、オレらとどれだけ敵対してたとしても、オレのもんになるなら全部許したる」  そんなに欲しがられたことなどなくて。  あの人には「裏切ったら殺す」と言われてます。  俺はこの人には驚かされてばかりで。  「はよ行き。次は敵同士かもしれんな」  あの人が本当の寂しそうに笑ったのが切なく思えた。  「・・・俺達が敵対しない未来はありませんか」  俺は尋ねた。  「・・・それはそっちしだいやな」  あの人は言った。  あまり期待していない口調だった。  俺はぺこりと頭を下げた。  この人は本当に危険だ。  こんなに僅かな時間で、俺は心を掴まれてしまった。  「多分、彼氏、出たとこでやきもきしながら待ってるで。はよ、行ったり」  あの人が言った。  「でも、俺は今日の夜に帰る予定で・・・」  俺の言葉にあの人は笑った。  「こんなとこに送っておきながら様子見にくるくらいや、心配でたまらんのやろ、近くでウロウロしてるやろ、ああいうのは小さい男やからな。でも、お前はそんな男がええんやろ?」   「はい」  俺は答えた。  そして、殺戮は終わり、でもまだ死骸を貪る者達を後にして、外へと駆けていった。      

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