「あの人は言ったんだ『お前たち次第だ』って。敵対しなくてもいいかもしれない。お願いだ、あの人達を殺さないでほしい」 　少年が縋るような目で私を見つめる。 　「・・・それを決める権限は私にはない」 　私はそう言うしかない。 　わかっていたが、少年は捕まった。 　こうなることはわかっていた。 　「・・・そんなにあいつらがいいか」 　男が冷たく言い放つ。 　嫉妬むき出しの男に苦笑してしまう。 　 「おい、犬、何がおかしい」 　ほら、八つ当たりがきた。 　「・・・わかっていたことだろう」 　そう言う私の言葉に男は黙る。 　男も私も同じだ。 　この少年を利用するだけの。 　少年は明るい。 　屈託ない。 　男もまるで恋人であるかのように少年を扱い、私も、私の部下達も彼を身内のように扱う。 　でも、それは彼がそういう人間だからだ。 　彼の人間としての魅力のせいだ。 　私達に忘れさせてくれているからだ。 　我々がどれだけ彼に酷いことをしているのかを。 　男の性奴隷。 　人権も意志も関係なく、男の欲望と我々の都合だけでそうした。 　彼でなければ、男が拾ったのが彼でなかったならば、もっと陰鬱なものになっていたのだ。 　男は泣かれるのが嫌いだ。 　死体になれば泣かない。それだけの理由でセックス相手を殺す男だ。 　生き残るために必死で笑顔をつくり、瞬間で気分の変わる男に怯えながらそれを必死で隠す、そんな奴隷がいたかもしれないのだ。 　それを私達は見ないふりをする。 　男が拾ったのが、少年でなければ、そんなものを私達は見たのだ。 　男は生きたセックス相手を欲しがっていたのだから。 　少年が我々の罪を忘れさせてくれているだけだ。 　まるで彼が自ら望んでここにいるかのように思わせてくれているだけだ。 　そして、あの金髪だけが、そんな少年に手を差し伸べたのだ。 　少年は言わないけれど。 　そしておそらく、少年はそれを振り切って、ここにいる。 　少年が金髪に悪感情など持つわけがない。 　ただ一人手を伸ばしてくれたのだから。 　それを男も私も知っている。 　「・・・彼を今回は外した方がいい」 　私は男に忠告する。 　男は返事はしないが、その目からそうするつもりなのが分かった。 　男は怖がっていた。 　男は全員殺すつもりだ。 　少年が彼らに心を奪われたから。　　 　そんな理由で。　　 　でも、そうすることで少年に嫌われるのは怖いのだ。 　なんて、自分勝手な。 　でも、それは私も同じだ。 　少年に嫌われるのは辛いだろう。 　もしも、彼らを消し去るならば、せめて、彼の見えないところで。 　「嫌だ！あの人達を殺したらだめだ」 　少年はひかなかった。 　大人びていても、少年だ。 　こういうところはとことん真っ直ぐだ。 　困る。 　「・・・私には権限がないんだ。上が決める」 　私はとりあえず逃げることにした。 　大人気なくひたすらゴネる男と違って私には大人らしいごまかしという手がある。 　「お願いだ。・・・あの人達を殺さないで」 　少年の目が真っ直ぐに私を見つめる。 　そんな目をされても困る。 　「人間を憎んでいる集団だ・・・」 　私は言う。 　言い訳を作っておく。 　彼らを殺す理由を。 　命令があれば殺すのだから。 　「でも、人間だった。人間だった時に助けられなかったなら、今助けたらいい、今からだって出来ることはある」 　少年の言葉はどこまでも真っ直ぐだ。 　「・・・私は命令通りにするだけだ」 　私はそう答えるしかない。 　少年の目に悲しみが浮かぶ。 　だから。　　 　だからおもわず。 　「・・・捕食者を改変できる可能性については、私からも報告しておこう」　 　いらない言葉だ。 　変に期待させるだけの。 　それでも少年は嬉しそうに微笑んだ。 　私は早々 に戻ることにした。 　彼らをどうするかは私の報告の後に、上が決めるだろう。 　部屋を出ようとする私の腕を男が掴んだ。 　少年は、先に部屋を出ていた。 　「アレは僕のだ、手出したら殺すぞ、犬」 　男が低い声で囁いた。 　・・・嫉妬か。 　「あの子があんたのモノであって欲しいのは我々も同じだ。だから、あんたもあの子を奪われないようにして欲しいものだな」 　私はため息をつく。 　少し殺意を抑えて、あの子の見えないところで殺すなら殺せばいいのだ。 　「まだ、あの子が連中仲間にならない可能性はないんだからな」 　私の言葉に男は僅かに顔を歪めた。 　彼らもまた、少年を欲しがっているのだ。