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前夜7

  オレは楽しかった。  まさか100才をこえてこんな楽しいことがあるとはね。  まさか、また戦場が戻ってくるとはね。  死にかけていた。  もう10年以上寝たきりだった。  老人ホームで口もきけず、身動きさえとれず、胃に穴を開けられ栄養を管で流し込まれ、それでも生きていた。    ただ、天井を眺めてすごした。  身内などいない。  いたとしても来やしない。  戦争から帰って、ろくなことはしなかったから。  帰ってからは国の為ではなく、頼まれたなら金のために殺した。  他に何が出来たと言うんだ。  戦地では誉められた。  何度となく、味方の窮地を救い、オレは英雄だった。  オレの部隊はオレがいたから生き残った。  何度も何度も、オレは殺して殺して、部隊を生き延びさせた。  殺すことは生き残ることだった。  殺す度に感謝された。  戻ってからは死神のように扱われた。  なあ、他に何ができたと言うんだ。  もう、それしか出来ないようにしておいて。  英雄から死神への転落だった。  畏れと軽蔑。  英雄だったオレは、単なる異常者として扱われるようになっていた。   ・・・他に何が出来たっていうんだ。  沢山沢山殺したさ。  でも、オレがいたから帰ってこれた連中もいるんじゃないか。  オレは暗いところで生き、殺し続けた。   そして、生き続けた。  暗闇の中で、いきを潜めて、恐れられながら、疎まれながら、それでも望まれながら。   そして、惨めな人生の終わりに、あの兄さんがやってきた。  「戦争の英雄やって?・・・あんたの知り合いに聞いたんや」  優しい声。  優しい目。  生きている人間として話しかけられたのは久しぶりだった。   「あんたの力をくれへんか。オレらを助けてくれへんか・・・戦争になるんや。オレらを助けてくれへんか」   この動けない身体でか。  オレは笑った。  もう声さえでない。   しなびた身体でベッドで生かされるだけの存在に、何を言っている。  「欲しいのはあんたの知識と経験や。あんたを『人間』から解放してやれるのはオレらだけや・・・望みさえすればいい。人間以外になりたいと」  その兄さんの隣りには、またもう一人デカい兄さんがいて、随分な目をしていた。  ・・・兄さん、あんた、怖いもんを飼ってるな。   「あんたはもう長くないんやて。そやから選び、オレらと来るか、死ぬか」  優しい声の兄さんは言った。  「永遠の若さもやれへんし、それほどあんたにあげれるもんはオレらにはない。でも、手伝って欲しいんや。オレらは人間やない」  兄さんの言葉は信じれた。  どんな敵をどんな大勢を相手にした時よりも、圧倒される気配。  出会ったなら逃げるしかない生き物がそこにいた。  悪魔か?  地獄から悪魔が仲間になれと言いにきたのか?  なら、随分光栄だ。  殺し続けたかいがあったな。  でも、その兄さんの笑顔は・・・オレが相手したことのある、どんな女よりも優しかった。  いや、違う。  理由。  理由だ。  不意に思い出した。  何故オレはこうなった?  何故、戦場でああまで戦った?  何故、オレは・・・。  その答えが兄さんの笑顔の中に、忘れていた答えがそこにあった。  女、だ。  大人しい優しい女。  「帰ってきて下さい」  そんなことを言うことをゆるされなかった時代に女は言った。  「絶対に帰ってくる」  オレは言った。  何をしても、誰を殺しても。  どうやってでも。  決意した。    女の笑顔の優しさだけは覚えている。  顔さえ忘れてしまったのに、名前さえも忘れてしまっていたのに。  女の笑顔は優しかったのだ。  この兄さんのように。  ・・・オレはただ、一人の女の元に帰りたかっただけだった。  涙が溢れた。    帰れなかった。  帰れるはずもなかった。  こんなになってしまって。  殺戮を繰り返した手で抱けるはずもない。  でも帰りたかった。    思い出した。  思い出させてくれたのか。  オレだって、最初から化け物だったわけじゃない。  女はオレを待っていてくれただろうか。  待っていてくれたと思う。  そういう女だった。  もうとっくに昔に死んだだろう。  「助けてくれへんか?」  優しい目の兄さんが涙を流すオレに言う。    

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