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前夜8
酷い男だと思った。
人の人間だった部分を呼び覚ましておいて、それなのに手を貸せという。
オレか貸せる手は殺すことしか出来ない手だ。
でも、同時に興味を持った。
こんな男が。
何故、オレのような男を必要とする?
こういう男は知っている。
抵抗運動などを、率いるような男だ。
世界は良くなるなどと信じて、勇敢に戦い、オレに撃ち殺されるような男達だ。
敬意を持って殺すに値する男達だ。
味方のクズよりはるかに敬意に値した。
「・・・今回ばかりは成功させたいんや。オレは何度も何度も失敗してるからな」
兄さんは苦笑いした。
ふむ。
だろうな、こういう男の理想論は叩きのめされる。
それも見事ではあるのだが。
「あんたみたいなんが必要なんや」
兄さんは言う。
悪魔と取引する気か。
オレは面白いと思った。
いや、どちらが悪魔なのか。
やっと迎えるやすらかな死の前に、「また殺せ」と優しい顔の悪魔が誘惑しにきた。
いい、殺そう
オレは笑った。
兄さんの顔の向こうに、忘れかけていた女の面影を探しながら。
お前に何一つしてやれなかった。
帰ると言う約束さえ守れなかった。
せめてどこか似た面影のあるこの兄さんの、役に立ってやろう。
オレか人を殺すにはそれくらいの理由で十分だった。
「長老、どないや」
涼しい顔で兄さんが、怖い男とやって来る。
さっきまで外に声が漏れる位、お楽しみだったのに、この涼しい顔。
男同士とはな。
まあ、軍隊でもおおっぴらにはできないが良くあった。
それにオレも後40位、若けりゃお願いしたくなる位の色っぽさは、この兄さんにはある。
「お楽しみもほどほどにな」
オレは意地悪く言う。
隣りの怖い男の方が赤面するのが面白い。
こちらのが身体はデカいが綺麗な顔をしているので、最初は女役かと思ってた。
従順でお淑やかだしな。
だってこの兄さんは色っぽくはあるが、女の代わりとは思えない。
「まあ、固いこと言いな、飯食わんなったからセックスは飯の代わりやねん」
ケラケラと兄さんは笑う。
この豪快さで、女みたいに抱かれるってのは未だに理解できんが、この男が面白いことには変わりがない。
女になりたいから、男としてるわけやないで、と説明されたが 、未だにこういうのは良くわからん。
わからんが、この兄さんは本当に面白い。
オレもこのガキ共と慣れ親しんでしまっている。
「長老」と呼ばれ、曾孫ぐらいのガキ共に懐かれ
るのは意外をと悪くなかった。
「・・・今日、明日ってとこだ。最悪の場合も想定してある」
オレは言った。
細かいところは兄さんの恋人とすりあわせしなければ。
10年位は寝たきりだったが15年前までは、まだその世界をウロウロしてた。
銃やなんかはそのツテで手に入れた。
でもコイツらには、そして今のオレにも銃はあまり意味はない。
兄さんの恋人の頭はいい。
現場で使える本当の頭の良さだ。
銃もナイフも教えたら教えただけすぐ覚えた。
兄さんは格闘術以外はあまり使い物にならないし、頭も良くない。
まあ、いい。
大将ってのはそれくらいでいい。
正念場だ。
コイツらが生き残れるか。
おそらく、最初の戦争になる。
さて、どうなるか。
オレにも結末はよめない。
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