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V.S 25

 先を歩くスーツが立ち止まった。  デカい背中に顔をぶつける。    「急に止まるなよ・・・」  俺はぶつけた鼻を押さえながら言った。  しかし、スーツ、デカい。分厚い。  俺もこんなにデカくなりたい。  そうなれは、あの人は少しは俺を頼ってくれるだろうか。  全部自分一人で抱え込んで、突っ走ったりしなくなるだろうか。  スーツが振り返った。  不意に抱きしめられた。     分厚い胸にだきこまれる。  驚く。  「・・・すまない、少しだけ、こうさせてくれ」  震える声で言われた。  ああ。   俺は理解した。  スーツは悲しくても悲しむわけにはいかない。  責任者だから。  部下を死なせても、泣けない。  でも、言うなら、俺はスーツの管理外で。  俺はあの人のモノだから。  だから、スーツは俺には何の責任もないから。   少し、気が緩められるんだな。  「・・・あんたは偉いよ」  俺はスーツの背中をポンポンと叩いてやった。  子供を慰めるみたいに。  スーツは震えていた。  泣いてはいなかったけど、耐えるように震えていた。  それはほんの数分だった。  「すまない」  呟く声がした。  スーツは身体を離した。  表情はいつものように消えている。  俺は気にするなと言う風に笑う。  俺達はまた歩きだす。  出口が見えた。  マンホールの蓋が外れているから、光がスポットライトのように地下道に差す。  スーツが言った。  「・・・約束、覚えているか」  俺は少し沈黙してから言った。  「ああ」  スーツは無表情なまま続けた。  「本当に本当に、あの男と一緒にいることに耐えられなくなったら言え」  スーツの目だけに感情があった。  同情?  どうして?  「・・・オレが君を殺してやる」  それは優しい声だった。  「私」ではなく「オレ」。  それはスーツ個人の約束だった。  役割を脱ぎ捨てた男の言葉だった。  「・・・ありがとう」  俺は言った。  俺とスーツの秘密。  でも、あの人と居続けるために、この約束は必要だった。  もう、行き先さえわからない俺の。  たった一つの逃げ道だった。  

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