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記憶17
人気のないもう肌寒い砂浜。
ボクと妹は海の広さに驚いた。
何故そんなとこに行ったのかわからないけれど、
どこかの離島で。
海は綺麗だった。
広かった。
空と海が交わる場所をボクは生まれて初めてみた。
「水平線というのよ」
母が珍しく微笑んだ。
「にーちゃ、にーちゃ」
妹が興奮していた。
父親は連れてきたくせに、つまらないと言って、ボクらを置いて自分だけレンタカーでどこかへ行ってしまっていた。
ボクらは置き去りにされていたわけだけど。
ボクは妹を抱っこして海の中へ入っていった。
青さに惹かれるのを止められなかった。
母親は止めなかった。
今、死んだ方が幸せだと分かっていたのだろうか。
青い青い海。
水は温かく。
妹の笑い声。
妹が僕にしがみつく柔らかい感触。
ボクはこのままこの中にとけてしまいたいと思った。
波がボクの首筋を撫でた。
引き込まれるような波の感覚に沖まで引きずり込まれたいと思った。
「どうしたんや?」
優しく囁かれる声が風のようで。
繰り返す快感が、波のようで。
コイツの中にいると溶けてしまいたくなる。
「あんたの中が気持ち好すぎるんや」
ボクは正直にいう。
「そうか、オレも気持ちええ」
アイツはこんな時には場違いなくらい、淫らさのない笑顔を向けてくる。
「あんただけや・・・ボクには。あんたしかないんや」
ボクは囁く。
ボクはコイツさえいれば何もいらない。
コイツはそうでなくても。
ボクの強欲な恋人は、全てのものを欲しがっている。
全ての人を助けたがっている。
ボクを欲しがるように、他の人々も欲しがっている。
でもそれは、与えられるような欲望で。
コイツにあって初めて欲望が汚いものではないと思えるようになった。
父親の欲望は醜かった。
腐敗臭がした。
全てを奪い傷つけるだけの欲望だった。
でも、コイツの強欲さをボクは愛しく思ってしまう。
ボクは学んだ。
欲望が汚いんじやない。
父親そのものが汚かったんだと。
欲望自体には綺麗も汚いもないんだと。
ボクが汚くないのかは、わからない。
でもコイツが欲しがってくれるから。
喰いたいような気持ちになることがあっても、やり殺したくなるようなことがあっても。
コイツはそんなボクさえ、欲しがり乱れたから、ボクはなんとか自分を受け入れられた。
ボクにはコイツだけだ。
「・・・そうか」
あんただけだと言うと、いつもコイツは遠い目をする。
不安になる。
だから、その身体を貪る。
ボクはコイツのもんや。
こんなボクを望んでくれたんはコイツだけや。
ボクを犯していたヤツを惨殺してまでボクを独占しようとしてくれた。
ボクはコイツのもんや
こんなに淫らなコイツがボクの為にセックスを我慢し続けてくれた。
ボク以外欲しくないと。
ボクはコイツのもんや。
拾ってくれた時から。
でもでも。
小さな、小さな。
そっと抱えたままの決して叶わなくてもいいおもい。
「あんたをボクだけのモノにしたい」
ボクはこれを願いはしないだろう。
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