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記憶27

 アイツは喉を食い破られ、もう声は出せなかった。  ヒューヒューという音だけがした。  虚ろな目はもう何も映していなかった。  そしてボクは気付いた。  あれほどあった殺人衝動が収まっていた。  アイツを傷付けたいどころか、途方にくれる。  流れ出す血の中で冷たくなっているアイツの身体を抱きしめながら。  ボクが何をしたのかを。  コレはボクがこの世界でたった一つの大切なもので、  今、それを失おうとしているのだと。  ボクは恐怖の悲鳴を上げた。  ボクは今知った。  本当の恐怖の意味を。  ボクは死なない。  おそらくずっと死なない。  その長い長い年月をずっと一人で生きて行かないといけないのだ。   アイツを失ったまま。  アイツのもとにさえ行けないで。  「助けて・・・」  ボクは祈った。  幼い日、父親の暴力に耐えながらそう祈ったように。  引きずられ連れて行かれる妹の姿を見ながらそう祈ったように。  でも助けなどないことは分かっていた。  ボクが今殺したこの人は。  たった一人。  この世界でたった一人。  本当に助けに来てくれた唯一の人だったから。  もう救済はボクにはないのだ。  ただ一人、人を楽しみのために殺す日々が始まる。  それは成りたくはなかった父親の姿に似ていた。  呪いは完結した。  呪いの元で生まれた人間は結局呪いそのものになるのか。  「嫌だ・・・!」  ボクは叫ぶ。  ボクは本当のところはアイツの夢なんかどうでも良かった。  アイツがそうしたいなら何でもしただけだ。  アイツの望みだったからだ。  でも、今分かった。  アイツは叶わなかったけれど、本当にこの呪いを打ち破ろうとしていたのだ。  この世界でそんなものに本気で挑んでいたのだ。  頭悪いくせに。  淫乱で短気で。  暴力とセックスは最高で。  でも、誰よりも魅力的なボクの恋人。  何でボクやったんや?  あんたやったらいくらでも選べたやろ?  挙げ句にボクに殺されて。  祈りなど届かないことなど知っているのに祈った。  アイツを抱きしめながら祈った。  もしも・・・コイツを返してくれたなら・・・。  ボクも本気で呪いと戦うから。  コイツの望む世界を今度は本気で作るから。  ボクに帰してや。  ボクの大事な人やねん。    ボクは泣きながら祈った。  どんな地獄を見てももう祈ることないと思っていたのに。    「・・・愛してる」  言いそびれた言葉を繰り返す。     「・・・」  吐息がした。  ボクは身体を離した。    アイツは息をしていた。  ボクが噛み千切った肉片は蠢くように触手を出して、喉に張り付いていた。  ボクが食い千切った指も蠢く触手を出しながらくっついていく。  奇跡にしては美しくはなく、気持ち悪いが、とにかく、アイツは再び息をしていた。    泣く。  何でコイツがたすかったのかわからないけど嬉しくて泣く。  「・・・男が泣くなや」  アイツが目を開けて微笑んだ。  ボクはただ抱き締める。  ただ抱き締める。    「・・・ボクのどこがええんや、あんた」  ボクは囁く。  アイツは困ったように微笑んだ。  「デカチンとセックス・・・てのはあかんな。真面目に答えなあかんのやな」  アイツはボクの顔を撫でる。  もう喉の傷も指もくっついている。  頭の傷も無くなっていた。  「そやな・・・最初のセックスが予想外に良かったんはある。でもな、一緒におるうちにな・・・ホンマにお前かわいいし。なんか危ういし。ほっとけんなってな・・・」  アイツがため息をつく。  「全然理由になってへん、そんなんなんとなくと一緒やん」  ボクはアイツが戻ってくれたからホントはもうどうでも良くなっていたけど文句を言う。  「・・・そやな。なんとなくやな。でもな、このモテるオレがお前がええ、お前にしよって決めたんや。お前一人でええて。その方が大事やないか」  アイツは自力で起き上がった。  「・・・なんやろな。昔の傷まで治ってるわ」  アイツが呟いた。  確かにアイツの身体にあった銃創まで消えていた。  アイツはまだへたり込んだままのボクを立ったまま抱きしめた。  「もう泣きなや」  囁かれたけれど、ボクは涙を流し続けた。    

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