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誰もいない所に行きたい一心でトイレの個室に逃げ込むと、どうしようも無くなった己の欲望を力づくで出す。 ホルダーから千切ったトイレットペーパーで先端を拭っているうちに、情けなさとあの空気から一人になれた安心感からか自然と涙が溢れてくる。 やっぱり自分の思い過ごしだったんだろうか。音楽室で話していた時の尚弥の笑顔も嘘のように思えてくる。 尚弥の反応だけで自分の都合のいいように捉えていた。 今ある幸せが欲しくてあの時の返事を、尚弥の気持ちをちゃんと聞くことをしなかったからツケが回ってきた。 きっと尚弥は当たり前のように俺が隣にくるのをずっと不快に思っていたのに言い出せなくて黙っていたのかな。 正直、教室には戻りたくない。 友人の反応が、周りの視線が怖い。 だけど戻ってちゃんと尚弥の真意を確かめなきゃ·····。 渉太は涙を拭い、ズボンを直しては個室のドアノブを捻った。個室から出て手を洗っては一息ついて教室へ戻ろうと気を引き締めた。 すると、渉太は出入口に人の気配を感じ、ゆっくり目線を向けた。その人影を見た瞬間に息が止まりそうになった。 「尚弥·····」 尚弥は腕を組んでドアに寄りかかっていた。自分を見つめる目はかつて自分に向けられていた柔らかいものとは違う。 目に少し掛かっている前髪から鋭く刺してくるような眼差しに怖じ気付く。 緊張で全身が震える。だけど逃げたままじゃいられなくて渉太は拳に力を込めて尚弥に問いかけた。 あんなことした尚弥の気持ちが知りたい··········。

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