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「いつも応援してくれて、ありがとね」
渉太はこの現状に完全に浮かれきっていると律から手を差し出される。
これはきっと握手の合図以外に考えられない。
握手会とか、お金払わずしてこんな憧れの律と握手していいのだろうか!?
「えっ握手、いいんですかっ」
「もちろん」
神なのかと崇めたくなるくらい律の存在自体が眩しい。
渉太は躊躇いながらも、ズボンの腿辺りに手を擦り付け、ゴシゴシ手汗を拭いては差し出された右手に左手を重ねた。
もう二度と来ないであろうチャンスを逃すのは後悔しそうだった。
「これからもよろしくね 」
「はい……」
渉太が余韻に浸っているうちに、律は「じゃあね」と言って手を振っては、共演者が待機しているベンチの方へと戻ってしまった。
戻って行った律は台本らしき薄い冊子を真剣に読んでいた。
その隣に明らかに芸能人ではなさそうなスーツの男が律に話しかけている。
渉太は怒られなかったとはいえ、やはり周りが気になり、長居をする訳にも行かず公園を後にした。
ほんの1、2分も経っていない出来事なのに自分の中ではひとつひとつがスローモーションに感じて、今まで分の幸せをこの数分に圧縮されたようだった。
自転車を押して家路を歩きながらも何度も頭で再生される。
よく、芸能人と握手したら手が洗えないとか言うが、渉太にとっては、正に今がその状況だった。自分とは住む世界が違えどあんなことされて、本気で恋心を抱いてしまってもおかしくないくらいの憧れの人。
渉太は律と握手をした感触を辿るように思い出しては、顔がニヤけて止まらなかった。
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