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こうなった以上警戒しながらも、自分の好きな人……早坂渉太に会うために、母校でもある大学に足を運ぶことは止めなかった。 そして、あの天体観測の日。 女が本性を表した。 展望台近くの高台で過去の話を聴いた後、吉澤から電話が入り渉太を残して、周りに誰も姿がが無いのを確認しては、木陰に隠れるようにすると通話ボタンを押す。 内容は明日のスケジュールの確認で今秋から始まるドラマの顔合わせがあるから、『迎えに行くから寝坊するなよ』というものだった。別に顔合わせは昼過ぎからだし、朝でも間に合うだろうと思いながらも、吉澤には「はいはい」と適当に返事をする。 渉太といる時くらい、自分が芸能人だということを忘れたい。だけど渉太は律のファンだ。切っても切り離せないもうひとつの自分の存在。 だけど、渉太は自分のこと律仁として接してくれていた。律だって一切疑いもせずに気がついていないのもあるが、律仁にとってはそれが嬉しかった。 トップアイドルの宿命なのか大体のやつは、知らない奴でも俺の事を律だって勘ぐったり、律として下心丸出しで接してくるからそれが心底気持ちが悪かった。 自分にとっては憩いみたいなもので、渉太から醸し出す雰囲気は律仁にとって居心地が良い。そして何より自分が自分じゃないみたいに渉太といる時の俺はよく表情を綻ばせている気がする。 律仁は電話切ると渉太の元へ戻ろうと振り返ったとき「麻倉律仁くん、だよね?」と女の人影が目の前にあってドキッとした。 派手ではないスカートに化粧に髪型。 数多くの男が憧れる綺麗で強かそうな理想の容姿。大樹の彼女の仲島愛華だ。 目が合うなりニコッと笑顔を向けられるが、律仁は無視をして真横を通り過ぎようとしたら手首を捕まれて急に抱きつかれた。 「律仁くん……じゃないか。律くんだよね?」 腰にがっしりと巻き付く細い腕に、まつ毛をきらきらさせて見つめてくる上目遣い。 ああ、なるほど。 アイドルというのはモテはするけど、職業柄近寄り難いし出会いの機会も限られてくるからなのか、若手だと特に恋愛経験は浅かったりする。こういう強引な女性に免疫がないから、でも男だから欲は満たしたい。だから、ちょっと見た目がいいだけの女に易々と引っ掛かってしまうのだと悟った。

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