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律仁さんはそれに気がついたのか、腕の力を少し緩めると頭に手が回り、優しく宥めるようにポンポンっと撫でてきた。 「ごめん、嬉しくてたまらなくなってさ……」 律仁さんの大きめな手の感触を感じて、嬉しいような、落ち着くような。 自分はこの人の腕の中に居てもいいんだと確認させるような安心感があった。 「俺はてっきり、渉太は完璧な律の方が好きだと思ってたから。渉太を振り向かせられるのはやっぱり律の時の俺じゃないとダメなんだと思ってた」 何時も自信に満ち溢れて俺を引っ張ってくれているくせに、凄く弱気なのが声音から感じる。律仁さんもまた、もうひとつの自分の姿との葛藤があったのだろうか。 「そんなこと、ないです」 「ありがとう。渉太さ、ファンレター送ってくれてたでしょ?」 「はい……」 「あの時、大樹とのユニット解散してソロになってから伸び悩んで迷っていた時でさ。男のファンからの手紙が珍しくて目に入ったんだよね。一曲ごとに丁寧に自分の感想送ってくれたりドラマ見たら細かい場面の感想とかさ、凄い嬉しかった」 律が好きになりたての頃、好きすぎてファンレターを送っていた。 もちろん5、6年も前なので内容までは逐一覚えてはいないけど、律に好きだということを言葉で伝えたくて、曲から雑誌からドラマから全て漁って感想を書き綴っていた。 今考えたら、男には珍しいくらい熱狂的すぎるし、本人に言われたら尚更顔から火が出るくらい恥ずかしい。 きっと見てわかるくらい顔も耳も猿みたいに真っ赤な気がする……。 律仁さんに抱き締められて顔を見られていないのが唯一の救いだった。 「俺も渉太があーやって手紙送ってくれてたから今の律があるんだよ」 「大袈裟すぎです。ファンレターなんて他にも沢山貰ってるじゃないですか」 「貰ってるけど渉太のは特別だった。パタリと来なくなって、頭の片隅に手紙のあの子はどうしてんのかなーってあったんだ。そしたらさ、1年位前の夏かなー……アトリエの前で一度渉太とすれ違ったの覚えてない?」 「すみません……記憶にないです」 律仁さんにそう問われ、間を置いて考えて見たが、渉太の記憶に全くなかった。 一年前の夏と言ったら、漸く大学生に慣れてきてアルバイトを始めた頃だろうか。 律仁さんがアトリエの常連さんなら一度くらいあるかもしれないが……。 律の風貌じゃなくても、律仁さんの格好良さなら記憶に残るはずだ。

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