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頬を摘まれ、強制的に挙げさせられた顔。
まじまじと見つめてくる、律仁さんの瞳に映る自分の阿呆っ面。
思うように喋れもしないし、渉太はこの状況をどうしたものかと目を泳がせていた。
「まぁそこが渉太らしいけど…じゃあさ……」
漸く頬の指が解放されたかと思えば、律仁さんは悪戯な笑みを浮かべると、肩を寄せられ渉太は前へとバランスを崩した。
建て直そうと左足を後ろに引いたところで、更に手首を律仁さんに引き寄せられて、気づいた頃には唇が触れ合う。
律仁さんの匂いが、顔が見えないくらい近くて、唇に感触だけ感じる。
それは一瞬のことで、離れた後も渉太は心拍数が上がっては放心状態になっていた。
「えっ……律仁さん?」
状況は飲み込めているけど、情報の処理が追いつかない。律仁さんは特に照れた様子もなく至って普通の表情をしているから尚更今のは夢か何かだったんじゃないかと錯覚させた。
「なに?」
「なにって……いま…」
「渉太にキスしたけど?」
律仁さんに平然とした顔で言葉にされて、一気に顔から火が出そうなくらい熱くなった。
別に初めてじゃない、だけど初めてのようなものだった。
なんなら律仁さんにされかけた事があるけど、今のは不意打ちすぎた。
心臓が煩く鳴り、なんだかデジャブを見ているみたいで怖くなった渉太は咄嗟に両手で唇を塞ぐ。
しかし、そんな不安を拭い去るように律仁さんに塞いでいた手の左手首を掴まれる。
「ちょっとはこれで、自信持てるかと思ったんだけど?俺は渉太のだって」
「り、律仁さんは俺の…!?そんな、律仁さんは別に誰のものでもなくて……俺まだ心の準備がっ……」
「渉太の準備待ってたら、また逃げられそうだったから。今度は逃がしたくない。
渉太のこと、愛してるから」
律仁さんの言葉が不安な気持ちを和らげてくれたと同時に自分は馬鹿だと思った。
あの時の相手の反応と似ていたからって、今目の前の人は違うんだから。
自分がこの人ならと信じた人なんだから……何も不安になる必要なんてない。
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