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ピアノの戦慄

翌日、律仁さんに『デートでもしようか』と今朝方持ちかけられる。 律仁さんの仕事柄常に周りを気にしてあまり堂々とプライベートを外で過ごすことが出来ないのは承知していたし、バイト終わりの送迎だけでも渉太は充分に満足していた。 しかし、そんな中で律仁さんに提案されて、渉太にとっては人生初デートなだけに正直に言って嬉しい。 律仁さんは行く宛てがあるのか、車を出しては途中で昼食をお持ち帰りで車の中で済ませると1時間程で目的地へと到着した。 こないだ律の時に訪れたアリーナホールとはまた違う、都内では大きめのコンサートホール。 客層も割と年齢層が高めの人が多い。 表看板には「クラシックピアノ音楽会」と書かれていて、自分達若者が聞き慣れているようなアーティストのコンサートではないことが判った。 音楽は好きだが普段、律以外の音楽をあまり耳にすることが無いので、当然クラシックは疎い。 「何も聞かず連れてきちゃったけど、渉太こういうの大丈夫だった?」 漠然と看板を見て呆けていた渉太は、律仁さんの問いかけに我に返る。 「はい。こういうのは疎いですけど、嫌いじゃ無いです。律仁さんはクラシック聴くんですか?」 「聴くよ。作曲の参考にしたりするし、クラシックだけじゃなくて、他ジャンルもちょこっとね。でも好んで聴くのは洋楽の方が多いかな」 あの部屋にして洋楽を嗜んでいる律仁さん。 私生活までもが、絵に書いたような理想の大人な男性像で、律ばかり聴いてる自分が恥ずかしくなるくらいだった。 そんな本人が作ってる律の曲は勿論どれも素敵なんだけど………。 「やっぱり律仁さんって理想の男性っていうか……色気があるというか……俺、普段は殆ど律の曲しか聴かないので………」 「それはそれで嬉しいよ。渉太の耳も渉太のことも俺が独占してるってことでしょ?」 正に意味その通りなだけに、強く否定をすることができずに「そっ……それはっ……そうですけど…」と呟くように頷いた。 まるで俺は律仁さんのことが四六時中好きなんだよ…と本人に主張しているみたいで羞恥心が湧き上がってくる。 それに追い打ちをかけるように、律仁さんは「渉太にそんなに好かれてるなんて嬉しいなー」なんて悪戯に笑みを浮かべては、顔を真っ赤させて狼狽えている自分の反応を楽しんでいるようだった。

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