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「ホントに?」 更に覗き込んで様子を探ってくる律仁さんに、渉太は一度唇を強く噛み締めると顔を勢い良く上げてはぎこちない笑顔で「本当に大丈夫なので戻りましょう」と応えてみせた。 何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうと律仁さんを避けて出口へと向かおうとしたが、途端に右手首を捕まれる。 振り返って立ち止まると、律仁さんの表情は変わらず自分を見据えたままだった。 「渉太……無理にとは言わないけど、何かあったならちゃんと話して?俺は渉太が困ってたら力になりたい」 「………」 律仁さんの優しい言葉に感情が溢れて吐露したくなる。視線から目を逸らそうとしても、律仁さんの真剣な瞳は、優しくも鋭くて自分を逃がす選択肢を与えてくれない。 自分が話したところでどうにかなるわけでも ないし、尚弥との仕事を辞めてなんて言うつもりもないし、辞めて欲しくない。 胸の内で葛藤しながらも、このまま隠している訳にはいかないような気がして、渉太は胸元にグッと手を当てて大きく深呼吸をすると、見据えてきている律仁さんと視線を合わせた。 「ふ、藤咲尚弥くん……は俺の同級生なんです……」 口から吐く言葉が震える。 今まで避けるかのように絶対声にはしなかった。『藤咲尚弥』なんて名前を口に出したのですら久しぶり過ぎて、自分はちゃんと立っていられているだろうか。 一度言葉にしてしまったからか、尚弥と過ごした思い出が封印を解かれたかのようにポンポンと出てくる。律のことで楽しく話していたころ。ライブに行く約束をしたあの日。 尚弥が自分と関わりがあると知って、律仁さんはどう思うだろうか。 「それは……去年の夏に話してくれた渉太が過去に不登校になったことと関係ある?」 律仁さんに一瞬驚いたように目を丸くしていたが、直ぐに諭したのか眉を寄せては問いかけられる。渉太は恐る恐る頷くと「高校生の時に…俺が好きだった人です」と律仁さんに打ち明けた。

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