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律仁さんの表情が更に険しくなる。 誰だって恋人の恋愛遍歴なんて聴いていて愉快に思う人なんていない。 自分だって律仁さんの過去の彼女とか聴いたら、それでこそ自分とその人比べては自己嫌悪に陥るような気がした。 「そいつが渉太を傷つけた相手ならそれはちょっと、いただけないかな」 反応を待つ間、やっぱり話すべきでは無かったかもなんて後悔していると、 掴まれていた手首に力が入っては強引に手を引かれた。 御手洗を出てそのまま会場に戻るのかと思えば、場内の扉はスルーされて階段を駆け下りていく。動揺しながらも引かれるままに着いていくと表ロビーからどんどん奥の方へと向かい、見覚えのある道を通っていった。 周囲を見るうちに開演前に律仁さんと別れた所だと気がつく。明らかにおかしいと感じた渉太は律仁さんの手を左手で掴んでは下肢に力を入れた。 「ちょっ……り、律仁さんどこに向かってるんですか!?」 漸く足を止めてくれたかと思ったが、律仁さんは立ち止まるのすら惜しいくらいの苛立ちを雰囲気で醸し出していた。 「藤咲の楽屋、そいつ終わるの待ち伏せして渉太に謝らせる」 「えっ……」 尚弥は確かに演奏中だ。演奏中に乱入するなんてことは出来ないにしてもわざわざ楽屋に押しかけるなんて、余計にしちゃいけない。 ましてやさっき律仁さんが今後付き合っていくであろう相手。驚きで力が抜けた隙に再び手を引っ張られたが渉太は慌て抵抗する。 「ダメですっ……そこまでするほどのことじゃ……」 「するほどのことだよ。渉太を傷つけたのに変わりないんだよね?人の好意を笑うなんて渉太が許しても俺が許さない、なんなら一発殴ってやりたい」 そこまでして自分の為に行動してくれる律仁さんが内心嬉しかったが、トップアイドルがピアニストを殴る傷害沙汰なんて笑えない。 律の活動に支障をきたすことなんて恋人として見逃すわけにいかなかった。

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