164 / 295

※※

窓際から見える夜景は綺麗だが、そんなのに浸っている程の心の余裕はない。都内レストランの個室。明らかに貧相な大学生が来る場所でない雰囲気に背筋が伸びて緊張する。 ドレスコードはないにしても、絶対自分は浮いている感が否めない服装に恥ずかしくなる。藤咲は細身の黒いワイシャツにパンツだし、律仁さんもグレーのTシャツに黒いジャケットを羽織っているからそれなりに見える。 ただの白いカットソーに、羽織がわりの紺色のワイシャツ。黒いのスラックスのラフな格好の自分なんて論外だ。 食事だって内側から外側へと並べられてるフォークやナイフ達がどれから使うかなんて分からない。そもそもそれ以前に食事をする気にはなれなかった。 時折隣に座っている律仁さんを横目に見ながらもフォークを持っては料理に近づけるを繰り返して時間が過ぎるのを待っていた。 「今回は此方から依頼した仕事、引き受けて頂いてありがとうございます」 微妙な空気の中を切り出したのは律仁さんからだった。 「いいえ。僕の動画、浅倉さんの目に止めていただけて光栄です」 斜め向かいの藤咲は、目を細めてニコリと会釈をする。明らかに他人行儀な仕事上の挨拶を交わしては、軽くお互いの活動の話に触れては淡々と会話をしていた。 藤咲の活動はあの日から3年程フランスに滞在していて、一年程前から日本に帰ってきたという。律のことは昔から好きで最近では動画でクラシックだけじゃなくてトレンドなポップスの曲も弾いて投稿しているらしい。 そんな話を渉太は呼び起こされる思い出と共に胸を痛ませながら隣で聞いていた。 「それにしても驚きましたよ。渉太、こっちに来てたんだね」 「し、進学したから……」 唐突に藤咲に話を振られて声が裏返ってしまう。 「へぇーどこの大学?もしかして盟治?」 確信を得ているかのような、藤咲の含み笑い。藤咲は少なからず、律の卒業した大学は知っている筈。律の卒業がテレビで取り上げられた日、藤咲は既に留学していたものの自分は藤咲に律のいる大学に行きたいと話した記憶があった。 渉太は違うとも言えずに静かに頷くと、藤咲は口許を抑えて笑い始めた。

ともだちにシェアしよう!