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藤咲尚弥のこと

律仁さんの車で自宅まで到着すると、車から降りようとした俺に「渉太、またね」と言われては車内で軽く唇にキスをされた。 心做しかキスをされながら律仁さんに握られた手が震えていたような気がしたが、いつもと変わらない笑顔を向けてくる。 渉太はいつか自分もこの手を自らとれたら……なんて少し後ろ髪引かれながらも車を後にした。 この二日の出来事は半月でも経ったんじゃないかってくらい、色々ありすぎた。律仁さんを拒否して傷つけてしまったり、過去最大のトラウマな人物と出会って迷惑かけてしまったり……。 「渉太くん」 大学の講義中しばらく座席でぼーっと考え事をしていると背後から背中を叩かれ前のめりになる。驚いて振り返ると花井さんがやたらと満面の笑みを浮かべて此方を見下ろしてきていた。 どうやらいつの間にか講義は終わっていて、周りはざわざわと騒がしく、生徒が講義室を出て行くのが見えた。 花井さんとは学部が違うので、滅多に大学では鉢合うことがない。それだけに、バイト先で見るお団子頭が下ろされているのは何だか新鮮だった。 「は、花井さんっ。なんでここに?」 「渉太くん、知らなかった?この授業、渉太くんと一緒だったんだよ」 「そうだったんだ…」 広い講義室だし人数が人数いるだけに、知っていたとしてもその中から見つけるのは難しいが、まさか花井さんまでいるとは思わなかった。 「私文学部だけど、国際学部の授業も興味あって…。それより、どうだった?」 「どうだったって?」 「一昨日のバイトの後、彼氏のとこ泊まったんでしょ?」 「なんでっ!?」 すっかり花井さんとは恋バナ相手みたいになっているが、勿論自ら話すわけなどなく、花井さんが聞いてくるので喋れる範囲で応えていた。 バイト先でも、俺と律仁さんの関係を察するとこうやって誰が聞いているかも分からない、公の場では律という名前を出さずにいてくれるから安心して話すことが出来た。 ただ、今回の件に関しては毎回の送迎は知られているものの泊まるまでは言っていなかったので、渉太は動揺する。 「何となく。結構前に『彼氏 男同士 お泊まり 初めて 』なんて検索してるのを渉太くんが休憩中のとき見ちゃったんだよね」 火山のように渉太の顔は噴火寸前なくらい真っ赤になった。 確かに律仁さんを意識するようになって、キスにも慣れ始めるようになった頃から、レジ裏で、スマホで休憩時間に知恵袋なんかを使って同じ悩みを抱えている人を検索していた時はあった。 結果あんな形になってしまったものの望んでいない訳じゃないから……。 それを花井さんに見られていたなんて、今すぐに穴があったら入りたい思いでいた。

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