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藤咲とまともに会うのは、大学で見かけたことを抜かせばこれで2回目。しかし、彼から向けられてる視線は相変わらず冷たくて、渉太を萎縮させていた。 慌てて離れたものの、確実に今の律仁さんとの距離感はただ会話をしていたのとは明らかに不自然。藤咲も気がついているようでとてもじゃないけど彼から険悪な雰囲気が醸し出されている。 「普通、いくら恋人だからって唯の一般人が撮影現場までついてくる?常識としてどうなの?」 藤咲は腕を組み、眉を下げて、皮肉ったように口角を上げて問いかけてくる。 「ノックして返信もないのに、入ってくる尚弥くんもどうかと思うけど?」 藤咲の挑発的な言葉を仕返すように律仁さんが乗っかる。 言われた本人も薄ら笑いを浮かべているし、 律仁さんは藤咲と上手くやれていると言っていたが、本当に仲良く出来ているのか疑いたくなるほど、不穏な空気に渉太は頭を抱えたくなった。 撮影前なのにこんな険悪ムードじゃ、仕事に影響しないか心配になる。 やっぱり俺は来ない方が良かったんじゃないだろうか……。 「尚弥くん相変わらず渉太には当たりが強いね。一応訂正しておくけど、ついてきたんじゃなくて、俺が連れてきたんだよ」 「仕事とプライベートの区別もつけられないなんて、つくづく貴方には幻滅します」 決して律仁さんは俺にかまけて、本業を疎かにするようなそんな中途半端な気持ちで仕事をしている訳じゃない。 メイク中も対談も兼ねた撮影だからか、藤咲くんのピアノの動画や彼のことを調べて勉強していたのを渉太は知っている。 「尚弥くん……あのさ」 「な、尚弥。違うんだっ。俺が尚弥に会って話したかったから……律仁さんが気を利かせてくれて入れてもらっただけなんだ。律さんは悪くない。それに律仁さんは尚弥と中途半端な気持ちで仕事している訳じゃないよ……」 律仁さんの言葉を遮って、渉太は緊張で心と身体を震わせながらも藤咲の目を見て話す。 藤咲に向かって強気に出るのは正直怖い。 だけど、俺のことならまだしも律仁さんのことまで、悪く言われるのは耐えられなかった。

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