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対談が終わり、撮影も終了した。しかし折角、セットにピアノを用意してあるので藤咲に軽く演奏の要望が飛び交った。 その中で「律さんも弾けるなら一緒に弾いてみてくださいよ」と周りに煽られ、律仁さんは「尚弥くんが良ければ」と応えては尚弥が「少しなら…」と頷いたので連弾を披露することになった。 律仁さんがピアノを弾くところを見れるのは初めてで胸が騒ぐ。あの尚弥とだから尚更。 正直、尚弥の演奏は怖い反面楽しみで、渉太も生唾を飲み込んでは二人に釘付けだった。 曲は律の今回のアルバムに収録されている表題曲。律仁さんが主旋律を弾いて、尚弥が伴奏を弾く。二人の弾いている姿は様になっていて、初めて合わせたはずなのに、息がピッタリ。 周りを圧倒的させるほど魅了していた。 演奏は順調に進んでいき、一番盛り上がるところで、二人の手が重なってしまい演奏が止まったのと同時に鍵盤のバーンと叩いたような低い音が響き渡り、渉太の身体がビクリと跳ねた。 「触るなっ」 尚弥の怒鳴るような声と眉を寄せて、威嚇したような表情。 律仁さんが驚いたように、弾かれた左手を掲げる。一瞬にして演奏に酔いしれていた観客はバケツの水を食らったように静まり返り、不穏な空気が流れた。 手を震わせ、俯く尚弥の前にマネージャーさんが咄嗟に現れる。ジャケットを肩に被せ、「すみません、今日は尚弥、少し疲れてるのでこれくらいでお願いします。今日はありがとうございました」と周りに深々と頭を下げては、控え室の方へと去っていってしまった。 現場の空気が冷たくなった中、監督さんの一声で一斉に場が切り替わり、片付け作業に入っていた。律仁さんもスタッフさんに挨拶をすると此方へと真っ先に向かってくる。 「律仁さん大丈夫でしたか?」 神妙な面持ちで俺と吉澤さんの元まで帰ってきた律仁さんに真っ先に声を掛けた。 「なんかあったのか?」 それに同調するように吉澤さんも律仁さんに問いかける。 「大丈夫、ちょっと尚弥くんの手に触れちゃっただけだから」 「それだけって言っても、あんな大袈裟にしなくても済む話だろ?」 「まあ、きっと彼にも色々あるんだよ。俺にダメージはないから。へーきへーき」 律仁さんは後頭部を掻きながらも苦笑いをした。そんな律仁さんを見て吉澤さんは「お前が大丈夫なら問題ないが……」と呟いていたが、何処か心配をしているようだった。

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