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「分かっているけど、僕自身どうにも出来ないんだ。誰かに触れられるなんて、耐えられない。恋とか誰かを大切に思うなんて以ての外……だから、君は悪くないんだ。ただ僕が僕自身の感情を受け入れることができなかっただけ」 藤咲は、まだ苦しんでいる。律仁さんのことを跳ね除けた手がソレを指しているように、目の前の藤咲は右手を左手で包んでは微かに震えている手と脚。足の長い藤咲の膝はあからさまに傾けて間違いでも俺に触れないように扉にくっつけるくらい警戒しているようだった。 「留学しても最後に見た君の姿が頭に残って離れなかった。君を傷つけた戒めとして君が好きだった律の曲を弾く真似なんかして馬鹿だと思う。だけど、久々に再会して、渉太に謝りたいって気持ちが強くなってったのに、君を前にすると自分の卑しいさに腹が立ってつい冷たく当たってしまって本当に余計に君を怖がらせてしまってたね」 「いいよ。俺もあの時は、ちゃんと自分の話だけじゃなくて尚弥のこと聞いてあげればかったって後悔してるし、今の自分があるのは尚弥との事があってのことだから、感謝してるくらいだよ」 俺自身も確かに傷は追ったけど、藤咲を恨みたい訳じゃない。少なくとも過去の痛みがあったから今の藤咲を理解することができた。尚弥ほど苦しんではいなくても触れられる怖さは自分も判るから。 ふと、窓の外を見遣ると今、律がコンサートの真っ最中であろう、ドームが目に入った。近くで見たら見上げるほど大きいのに対して上空からは風船のように小さくて柔らかそうに見える。その周りを点在する建物の灯りや街灯がやたらと綺麗だった。 丁度、観覧車が最上部まで来たのだろうか……。すると、向かいから名前を呼ばれて視線を戻す。 「本当は渉太のその優しいところ嫉妬したくなるくらい好きだったよ。君といた時間は確かに僕にとっては、心の拠り所のようなものだったよ。君と素直に好き合えてたら少しは違ってたかな……」 微笑んできた藤咲に何処か懐かしさを感じた。 あの時の藤咲も自分と同じ気持ちだった。 笑っていた藤咲と俺の時間は決して偽りじゃない。想い会うことは出来なかったけど、藤咲のその気持ちを聞けただけで、ストンと胸に落ちるものがあった。 今までこびり付いて取れなかった心の錆が取れたように、渉太の頬に温かい雫が零れ落ちる。視界が潤み、目の前の藤咲が歪む。 「君って意外と泣き虫なの?」 「ち、違うよっ。尚弥と楽しかったと思っていたのが自分だけじゃなくて良かったってちょっと安心しただけ」 冷たい視線を向けられているわけじゃなく、 皮肉られているわけでもない。柔らかい藤咲の言葉に渉太の緊張はすっかり、解けていた。渉太は慌てて溢れた涙を手の甲で拭う。 「尚弥っ。尚弥にとって俺は、いい友達としてちゃんとなれてたかな……」 しゃくり上げそうになる声を抑えて、藤咲に言葉を絞ってそう問いかけると藤咲は「なれてたよ」と返してくれた表情は、とても嘘なんて思えない優しい表情だった。

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