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思い出の曲
長いようで短かった観覧車を降りて、一番大事なことを藤咲に問いかける。律のコンサートには出てもらえるのかという話だ。コンサートもそろそろ中盤、藤咲が本心を話してくれたことに浮ついて余韻に浸っている場合じゃなかった。
藤咲の先程のピリついた雰囲気からは幾分解かされたように感じていたが、トラウマの原因になった人が触れたピアノに触るのは、仕事とはいえ藤咲の傷を抉ることになる。
渉太は切り出しにくさを感じながら、勇気を振り絞って聞いてみると「渉太は僕の弾くピアノ聞きたい?」と質問返しをされ、迷わず「聞きたい」と答えた。
これは本心。
音楽会の時は不意の出来事に心の準備ができず、混乱して、その場から逃げ出してしまったけど、聴けるのであれば、藤咲のピアノをもう一度聞きたい。今ならちゃんと聞けるような気がした。それに、藤咲のピアノで歌う律仁さんをみたい……。
すると、藤咲はあっさりと「正直あいつのピアノに触るなんて嫌だけど、渉太のために戻るよ。僕も馬鹿じゃないから」と意志表示をしてくれて安堵した。
そうと決まればゆっくり歩いて戻っている時間などなく、藤咲を先導するように渉太は急ぎ足で会場へと戻った。
走って数歩先を行く渉太に対して、急かしても自分のペースで歩き続ける尚弥に必死に手招きしているのが「渉太、変わらないね。僕の前を歩いて道を広げてくれる」なんて言われては笑われてしまった。
自分は必死だと言うのに、相変わらず藤咲のペースは分からないし読めない。だけど、楽しそうに笑っている藤咲を見て怒る気にはならなかった。
会場が近づくに連れて、微かに響いてくる低音。律が、律仁さんが中で歌ってる……。
裏口から藤咲のパスで中に入り、待っていたマネージャーさんに藤咲を引渡すと藤咲に「尚弥、楽しみにしてるから」と告げては渉太も会場内の関係者席の方へと向かった。
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