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早坂家は大騒ぎ【⠀慌ただしい御正月①】

二階建ての日本家屋の一軒家。山梨県の田舎に位置する実家はビルが所せましと、すし詰めされている都心とは違い、自然が多くてのどかだ。余計な建物が無いおかげで、夏は縁側で花火もできるし、望遠鏡で天体観測だって出来る。冬は二重扉があるとはいえ、縁側と隣接する廊下が寒いのが難点ではあるが、先祖の仏壇のある畳の部屋が渉太のお気に入りであった。  大学が冬休みを迎えてから実家へと帰省した渉太は、無事に新年を迎えることができた。  年が明けて四日目の正午前。昨夜は高校生の時まで自室として使っていた二階のテレビで特番を観ていたせいか、何時もより遅い起床になってしまった。  起きて早々に幼い時から馴染みのある青いはんてんを羽織る。 一階の居間へと降り、キッチンにいる母親とダイニングテーブルに新聞を広げて座る父親に挨拶しては畳の部屋にある炬燵に下半身を沈める。  目の前には渉太家より少し大きめの四十型のテレビ。渉太は炬燵の上の、柳の樹脂コーティングされた茶色い籠に山盛りで乗せてあるみかんに手を伸ばした。 普段からしっかりしている訳では無いけど、こんな姿を律仁さんに見られるのだけは避けたい。自宅とは違う実家という安らげる雰囲気に渉太は完全に緩みきっていた。 「渉太?お雑煮食べる?」 台所で白髪染めなのだろうか、茶髪の後ろで一本に結われた髪に、淡いピンク色のエプロンを身につけた母親が少し声を張って問うてくる。 「うん、食べる。あれ、姉ちゃんは?」 「夜勤明けで帰ってきて寝てるわよ、あまり体調がすぐれないって」 「そっかー。看護師って大変だね」  実家に帰省している間も姉は年末年始など関係なく働いていた。普段は気が強くて、渉太も言いなりになりつつある姉ではあるが、学生の事からの夢を叶えた姉は素直に尊敬できた。  みかんの皮を剥き、一粒頬張りなりながら再びテレビ画面に視線を向けると横から咳払いが聞こえくる。 「渉太、将来は決まったのか?」  咳払いと共に低くて貫禄のある声で問うてきたのは、台所近くのダイニングテーブルに座る父親からだった。白髪混じりの髪に眼鏡を掛けた、最近小太りぎみの父親。 うちの父親は世間でよく見る威厳のある父親……という訳ではなく比較的優しい方だと思う。  怒る時は鬼の形相で怒ってくることもあるが、不登校児だったとき、怒られると思って身を隠すように部屋に閉じこもっていた渉太だが、母親だけではなく、父親も親身になって話を聞いてくれた記憶がある。  律仁さんとの日々で忘れかけてはいたが、そんな父親に将来のことを問われて改めて現実をつきつけられ、言葉を詰まらす。 年を越して春を迎えたら大学も節目の年になる。 三月あたりから本格的に就職活動を始める年になり、それなりに準備をして全く考えていない訳ではなかったが、大樹先輩のように極めて勉強がしたいという訳でも、これと言ってこれに就きたいという心を揺さぶるような職業に出会えたわけでもない。 国際学部で国際的な言語や広い視野を学んでいることからやはりそれを生かした仕事を選ぶべきだと漠然と考えている程度であった。

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