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慌ただしい御正月③
こんな贅沢なものを送ってくるなんてどういう意図なのだろうか。
「で、渉太。この方は知り合いなの?」
「知り合い……だけど」
説明しようにもそう簡単にできる間柄ではないだけに言葉を詰まらせていると、家のインターホンが鳴る。母親の問いから逃げる思いで、「俺が出てくるよ」と真っ先に玄関先へと向かった。
三和土に両親の靴と一緒に並べてあったサンダルを借りて引き戸を開けると、目の前に立っている人物に息が止まる。
「り、律仁さん‼」
「あけましておめでとう。渉太」
お決まりの身分隠しの黒いバケットハットに黒縁眼鏡と不織布のマスク。家屋に入ったことで警戒心を解いたのか、マスクが外されるとアイドル顔負け·····と言っても正真正銘のアイドルではあるのだが、満面の笑顔で新年の挨拶をされた。
「あけましておめでとございます……。な、な、なんでいるんですか⁉というか、荷物届いたんですけどあれはなんですか⁉」
詰め寄りたいことが沢山ありすぎて、矢継ぎ早にそう問いかけると「渉太、落ち着いて」と宥められる。
居るはずのない律仁さんが目の前に立っているのが夢なのではないかと頬を抓ってみるが、ちゃんと痛覚を感じたので夢ではないらしい。
「渉太に実家の住所教えてもらったから、会いたくて来た。荷物は、新年早々北海道ロケがあって、近くに市場があったからついでにお土産も兼ねて送ったの。渉太に食べさせたかったし」
「そ、それは嬉しいですけど、あんな高級なもの実家に送り付けられても困ります……それにまだ……」
律仁さんが所かまわず、会いたいからを理由に俺の元へと会いに来ることはよくある話ではあったとしてもサプライズが過ぎて戸惑いの方が大きい。
そんな戸惑う渉太を見てか、律仁さんは両手を広げて、俺に吸い込まれるように玄関先に入ってくると唖然と立ち尽くしている渉太を包み込むように大きな腕に抱き竦められた。
「びっくりさせてごめんね。でも許して?」
久しぶりの律仁さんの匂いに自然と頬が緩み、堪らない気持ちに駆られる。こんな形で謝られたんじゃ、許さないわけにいかないに決まっている。
それに、俺だって年越し前に会った以来、律仁さん会えていなかったから、嬉しい気持ちもあった。
「それにしても、渉太の半纏姿。田舎の坊やみたいで可愛いね」
体を離され、律仁さんにそう指摘されて、自分の格好が半纏小僧だったことに気付かされる。ほんの数十分まえに律仁さんに見られたら恥ずかしいと思っていた矢先の自分の弛み切った姿。
「こ、これは違うんです!家が寒いから、母さんが着ておけって……」
何でもかんでも人のせいにするのは悪いと分かっていても、自ら好き好んで着ていると思われるのは恥ずかしい。
「誤魔化さなくてもいいよ。渉太、似合ってるから。それに実家っていう感じがして、俺は好き」
見苦しい言い訳をしていると、律仁さんに笑われてしまうどころか、似合っているなどと言われてしまい、余計に羞恥心が増す。
「渉太―?どなただったの?」
玄関先で律仁さんと話をしていて、戻ってこないことに案じたのか、母親の声が聞こえてきては、足音が此方へ向かってくる。
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