271 / 295

慌ただしい御正月⑤

客人を案内する母親に続いて渉太と律仁さんも居間の方へと入っていく。玄関先へと出た時と変わらずダイニングテーブル椅子に座っていた父親が律仁さんの存在に気付くと、眼鏡を鼻の頭まで下げては凝視していた。 「お父さん、カニを送ってくださった方が来てくれたのよ。渉太の大学のお友達?だったかしら、麻倉律仁さんですって」 「どうも、初めまして。麻倉律仁です」  抜かりなく丁寧に挨拶をする律仁さんに対して、突然の客人に戸惑っているのか、広げた新聞を畳んだ父親は軽い会釈をする。 「ありがとね。わざわざ遠いところから大変だったでしょ?さあさあ、お座りになって?」 「いいえ、渉太君には沢山お世話になっているので……」 真っ先にキッチンに立ち、お茶の準備を始めた母親に促され、父の座る四人掛けのダイニングテーブルへ向かうと、律仁さんがウールのロングコートを脱いだので、渉太はそれを受け取った。 自らの半纏も脱ぎ、それぞれをハンガーで部屋の柱に引っ掛ける。 渉太が椅子の方へと戻ると、父親の向かいに律仁さんが、その隣を俺が座ることで落ち着いた。 実家に律仁さんが居て母親と会話をしているのが凄く不思議な感じがする……。 お世話になっているのは俺の方なのに……。 「それにしても、とても格好いいお方ね。なんか芸能人みたいで、お母さん緊張しちゃうわ」  ふふふ、と微笑みながら、陶器の温かい緑茶が淹れられた湯呑を四人分と律仁さんが持ってきたであろう老舗の茶菓子を樹脂製のお盆に乗せて持ってくる。 芸能人という単語を聞いて渉太は内心ドキッっとしたが、当の本人は至って平然としていた。 「ん?なんだこれは、こんな皿家にあったか?」  そんな上機嫌の母親を余所に、出てきたお皿を見て父親が訝しんで問うてきたのは無理もない。 金箔が散りばめられた黒くて上質そうなお皿が我が家の食卓に出てきたからだった。 その上には律仁さんが持ってきたであろう老舗の栗饅頭が乗せられている。  毎日家で過ごしている父親も知らないのであれば、当然渉太もこのお皿には初めましてだった。  律儀にフォークなんか用意して、普段は手づかみで煎餅を食べている母親には想像がつない、明らかに来客を意識していることが、丸わかりだった。

ともだちにシェアしよう!