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【早坂家は大騒ぎ】強引な姉と彼女の事情と①

事の発端はホンの数十分前のことだった。 母親が慌てて夜勤明けの姉に律が来ていることを報告しに行った後、半信半疑だったのか、騒いでいる母親を半ば鬱陶しいそうにあしらいながら、ボサボサ頭の眼鏡にスウェット姿で梨渉が父親と三人で囲うリビングに降りてきた。 「初めまして、麻倉律仁と申します。お姉さんには……浅倉律って言った方が分かるかな?」  座席を立ち上がって、梨渉に向かって挨拶する律仁さん。状況の重大さに気づいたのか、梨渉は顔を真っ赤にすると律仁さんの挨拶を返すことなく、颯爽とリビングから出て行ってしまった。 一同首を傾げて目が点になる中、渉太だけは何となく姉の気持ちを察することはできていた。 姉も浅倉律のファンであるから、推しにだらしない姿を見られるのは心底恥ずかしいに違いない。 そんな姉の動向が気になったものの、再びリビング内は律仁さんの話で持ち切りになり、次第に芸能人が来たのだからと両親が張り切ってちょっといい寿司屋でお寿司を頼む話になった。 それを聞いた律仁さんは、自分が唐突に押しかけてきただけだからと酷く遠慮していたが、両親も一歩も引かなかったことから、わざわざ買いに行かせることに気が引けていた律仁さんは、渉太に街を案内して貰う口実で買い物に行ってくる打開策を提示してきたのでそれで丸く収めることで話を落ち着く。 お寿司代は立て替えることになってはいるものの、きっと律仁さんは代金を貰う気など端からないような気がした。家族共々、律仁さんにしてもらって申し訳無い気持ちもあったが、地元での律仁さんとのドライブは初めてのことで胸が踊る。 都内だったら常に記者の目を気にして行動しないといけないので自宅以外で律仁さんとゆっくりできる時間は貴重だった。 未だに両親に律仁さんとの関係を話せていないのが、心残りではあるが年始早々に律仁さんとお出かけは期待していなかっただけに、素直に嬉しい。 渉太は胸を躍らせながら、いざ出かけようと両親に見送られ、玄関先へ出た所で、完璧な化粧に綺麗に巻かれたロングヘア。 白いタイトなミニスカートを履き、如何にも律仁さんを意識した装いで姉が二階から降りてきた。  「渉太だけじゃ心もとないでしょ?私も着いて行くわ」などと言って、一緒に車に乗り込んできては今に至る。  別に姉弟間で仲が悪いわけではないが、姉の威厳で圧倒的に強いのは梨渉だった。 車に乗り込もうと、渉太が助手席のドアに手をかけたところを「あんたはそっち」と後部座席を指してきては、遠慮の『え』の字もないのが彼女の性格だった。 「渉太とはどこで知り合ったんですか?」 「うーん、渉太の大学の友達を通じてかな」  律仁さんに興味津々の姉。その俺の友達も、これもまた驚きの、過去に律とデュオを組んでいた相方だと知ったらどんな反応を見せるだろうか。姉は大樹先輩と組んでいた律の時から追っかけている古参。 それでこそ弟の俺がなんで知り合えているんだと問い詰められそうで、身震いした。

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